煙筒えんとつ)” の例文
肴屋さかなや、酒屋、雑貨店、その向うに寺の門やら裏店うらだなの長屋やらがつらなって、久堅町ひさかたまちの低い地には数多あまたの工場の煙筒えんとつが黒い煙をみなぎらしていた。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
岸本は自分の乗って来た二本煙筒えんとつの汽船が波止場近くに碇泊ていはくしているのをその高い位置から下瞰みおろして、実にはるばると旅して来たことを思った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
煙筒えんとつは断ちきれて空中に飛上った。客車と車掌乗用車とは粉砕されてごちゃまぜになり、機関車の残骸と共に、一二分の間坑口を一ぱいに塞いだ。
と見る、偉大なる煙筒えんとつのごとき煙の柱が、群湧むらがりわいた、入道雲の頂へ、海ある空へ真黒まっくろにすくと立つと、太陽を横に並木の正面、根をかっと赤く焼いた。
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
窓と煙筒えんとつとのある一階建の家が幾軒か、長く並んでいるのは、不思議な光景であった。兵隊はここに一年中住んでいるので、家族も連れて来ている。
だが、困ったことに家の構造が、角の土蔵なので、煙のはけばに弱らされていた。住居にしている二階のあがぐちへまっすぐに煙筒えんとつをつけて、窓から外へ出すようにしてあった。
旧聞日本橋:02 町の構成 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
十八サンチの一弾は豊国丸の煙筒えんとつを根本からもぎ取つた。十サンチの砲弾は舷側にはちの巣のやうに穴をあけた。もしその一発でもが、積んでゐる水雷か、砲弾にか当らうものなら!
怪艦ウルフ号 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
其のうちこれはしまったと気が付いた。昨日乃公は何もする事がなかったから、此ストーブの煙筒えんとつに土をめて置いた。これでは燻ぶる筈だと思って消そうとしたが容易に消えない。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
今、甲板かんぱんで、さわいでいる。なにごとかと聞いたところ、オランダの汽船が、機雷きらいにやられて沈んでいるのが見えるそうである。水面から二本の煙筒えんとつを出してるのが見えるという話だ。
沈没男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それから一ぴきの大きなかうもりが、こはれおちてゐる煙筒えんとつの上へ来てとまりました。それは、二人の王女と、妖女の王さまとが、さういふ魚とかうもりとになつてしまつたのでした。
湖水の鐘 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
屋根の椽木たるき、色紙のはられた屋根部屋の断片、砲弾を待ち受けて物の破片のうちに立てられてるガラスのついた窓のとびら、引きぬかれた煙筒えんとつ戸棚とだな、テーブル、腰掛け、上を下への乱雑な堆積
あなたあんな手が何処どこが美しいの? 指は棒のように太いし、色は石炭のように黒いし、あの方が体操でもしていらっしゃるところを見ていると、まるで煙筒えんとつの掃除男が喧嘩けんかしているようだわよ。
大きな手 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
細い煙筒えんとつからけむりが青く黒くあがっているのを見たことがある。格子戸が男湯と女湯とにわかれて、はいるとそこに番台があった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
神戸から横浜の方に廻った馴染の船はまだそこに碇泊ていはく中で、埠頭ふとうに横たわる汽船の側面や黒い大きな煙筒えんとつは一航海の間の種々様々な出来事を語っていた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
これを、あたりの湯屋の煙、また、遠い煙筒えんとつの煙が、風の死したる大阪の空を、あらん限り縫うとも言った。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
煙筒えんとつは一本もなく、かすんでさえもいない有様は、煙に汚れた米国の都会に比して、著しい対照であった。勿論風も無かったのである。風の吹く日は非常に埃っぽく、万事ぼやっとなる。
古い煉瓦積みの壁体へきたいには夕陽が燃え立つように当っていた。はるかな屋根の上には、風受けのつばさをひろげた太い煙筒えんとつが、中世紀の騎士の化物のような恰好をして天空てんくうささえているのであった。
地獄街道 (新字新仮名) / 海野十三(著)
白いペンキ塗りの汚れた通運丸つううんまるが、煙筒えんとつからは煤煙ばいえんをみなぎらし、推進器すいしんきからは水を切る白い波を立てて川をくだって行くのが手にとるように見えた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
実際に彼の方へ近く飛んで来る海のかもめの群、実際に波の動揺に任せている沈没した船の帆柱煙筒えんとつであった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この血にえてうめく虫の、次第にいきおいを加えたにつけても、天気模様の憂慮きづかわしさに、居ながら見渡されるだけの空をのぞいたが、どこのか煙筒えんとつの煙の、一方に雪崩なだれたらしいくまはあったが
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一番下の竈に火をつけると熱は順々にそれぞれの竈を通りぬけて、最後に上方の竈の粗末な煙筒えんとつから出て行く。この方法に依て熱の流れが最後の竈に到るまで、すべての熱が利用される。
屋根、物干などの重なり合っている間には、春らしく濁った都会の空気や煙を通して、ゴチャゴチャ煙筒えんとつの立つ向うの町つづきに、駒形の方の空を望むことも出来た。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
かれは寺から町の大通おおどおりに真直まっすぐに出て、うどんひもかわと障子に書いた汚ない飲食店のかどを裏通りにはいって、細い煙筒えんとつに白い薄い煙のあがる碓氷社うすいしゃ分工場ぶんこうじょう養蚕所ようさんじょ
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
砂礫すなつぶていて、地を一陣のき風がびゅうと、吹添うと、すっと抜けて、軒をななめに、大屋根の上へ、あれあれ、もの干を離れて、白帷子しろかたびらすそを空に、幽霊の姿は、煙筒えんとつの煙が懐手をしたように
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)