無礙むげ)” の例文
「人の無いところ、法はござりませぬ。秘呪の極は、人と法と、融合して無礙むげの境に入る時に、その神力を発しますが、その人心が——」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
悪魔式鼻の表現はこの間に活躍して縦横無礙むげにその効果を挙げるので、鼻の表現研究の必要もここに到って又ますます甚だしくなるのであります。
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
幽深見難みがたし、甚大無量の、また、円満無礙むげの、謂うところのおぎろなき物、この霊妙音は何から来る。おそろしい截断刃はただ廻っている。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
しかも、蜀呉条約というものがあるので、蜀から要請されると無礙むげに出兵を拒むこともできない。——で、出兵はするが、魏へ当ってみて
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただし、芸質の融通無礙むげなところでは志ん生の方が菊五郎らしく、双方の芸を色彩にたとえていえば文楽の方がハッキリと明色で六代目らしい。
随筆 寄席囃子 (新字新仮名) / 正岡容(著)
不満とひっかかりと、残ったものがあって、無礙むげにならない。天理教祖が「胸のうちなるこの泥う早う出してもらいたい」
生活と一枚の宗教 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
これに反しイエスは神を父と信じたがゆえに、自由無礙むげなる新鮮なる生命力、行動力が、彼の神観より泉み出たのである。
一心法界の海に森羅万象が映って一時に炳現へいげんすると観るのである。そこに一切法の縁起の無尽があり、事々の無礙むげがある。
一寸なりとも刃物を持つな、一指たりとも力を現わすなよ、われと我が胸へ合わするこの合掌が、十方世界縦横無礙むげ、天下太平海陸安穏の護符だよ
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
従って縦横無礙むげなもの、何にも無くして実存するもの、この名状し難い人間の裸を彫刻家は観破したがるのである。
触覚の世界 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
寒月の放胆無礙むげな画風は先人椿岳の衣鉢いはつけたので、寒月の画を鑑賞するものは更に椿岳にさかのぼるべきである。
始終なき慈悲のこころに苦しむよりも、仏を念ずることによって無礙むげの慈悲に達しようとする方が、「すゑとほりたる」慈悲心であると言わなくてはならない。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
真に怖るべき予言、よくもここまで分るものだと僕自身驚くやうな高度の霊感は、唯一応の霊感とは全然異質に見えるほど照見無礙むげ玄妙千里を走るが如き概があります。
盗まれた手紙の話 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
いずれも同名の山なので、互に区別する為に私等は東西を冠して呼ぶことにしていた。東毛無には既に同好の小倉君が登られて、無礙むげの眺望をほしいままにしたことを伝え聞いて居る。
春の大方山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
去るほどに三匹の獣は、互ひに尽す秘術剽挑はやわざ、右にき左に躍り、縦横無礙むげれまはりて、半時はんときばかりもたたかひしが。金眸は先刻さきより飲みし酒に、四足の働き心にまかせず。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
鳥は飛び、魚は泳ぎ、地球は自転して昼夜をなし、太陽の周囲を廻つて春夏秋冬をなし、禽獣草木、風雨、山河、互に連帯関係を保つて互に自治し、無礙むげ自在であつて滞る処が無い。
吾等の使命 (新字旧仮名) / 石川三四郎(著)
くや額に玉の汗、去りもあえざる不退転、耳に世界の音もなく、腹にうえをも補わず自然おのず不惜身命ふじゃくしんみょう大勇猛だいゆうみょうには無礙むげ無所畏むしょい切屑きりくず払う熱き息、吹き掛け吹込ふっこむ一念の誠を注ぐ眼の光り
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
道は道なるが故に楽み、礼は礼なるが故に好むと云ったような、至純な積極的な求道心があってこそ、どんな境遇にあっても自由無礙むげに善処することが出来るのじゃ。顔回にはそれが出来る。
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
バックハウスのうちには、音楽家にありがちの頑固な主観がなく、その縦横無礙むげのテクニックと共に、芸術的高度の感受性と、それを素直に発表し得る自由な表現力が兼ね備わったのであろう。
古伽藍ふるがらんげた額、化銀杏ばけいちょうと動かぬ松、錯落さくらくならぶ石塔——死したる人の名をきざむ死したる石塔と、花のような佳人とが融和して一団の気と流れて円熟無礙むげの一種の感動を余の神経に伝えたのである。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けだし私どもにして、一たび宗教的反省をなしうる人となるならば、そこにはなんのこだわりも、わだかまりも、障礙さわりもないのです。げに菩薩の道こそ、無礙むげの一道です。なんのさわりもない白道です。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
己は光の天使にも増して、無礙むげ自在の力が
なぜならば早駕はやは何うしても渡船わたしらなければならないが、清水一学は、浅洲あさすを拾って馬を乗り入れ、無礙むげに対岸へ渡ってしまったからである。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私はその無礙むげの自由の世界を私の胸の内に実有することを最終の願望としているものである。しかしそれはけっしてアモーラルな心持ちからではない。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
死馬に放屁せしむるていの活策略の縦横無礙むげなものがなくては、博多仁輪加の軽妙さが生きて来ないのである。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
例えば先年の椿岳展覧会に出品された淡島嘉兵衛旧蔵の飛燕凝粧の図の如きは純然たる椿年派であって奔放無礙むげの晩年の画ばかり知ってるものは一見して偽作と思うだろう。
しかしそれは、木下杢太郎が実際生活においてそういう博大な心を持っている、という印象ではない。彼は享楽人であるために、その享楽の世界において無礙むげの愛を持っているのである。
享楽人 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
塔より少し丈の高いけやきが密生して、全く日光方面の眺望を遮断し、又西久保八幡神社の銀杏や、仙石邸あたりの樹木も少し目隠しとなって、凌雲閣のように無礙むげの眺望は得られなかったにしても
望岳都東京 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
作略無礙むげ境界きょうがいに入っている風雅の骨髄を語っているものである。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
金を求め、名を求め、権勢を求めるものには、どうしても罣礙なしというわけにはゆきません。金という網、名という網、権力という網にひっかかって、どうしても、無礙むげというわけにはゆきません。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
ぢやうの手は眼にもとまらず引くと見せ打つと返すと十方じつぱう無礙むげなり
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
無礙むげに働きたいと、存じおりまする。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
そこには無礙むげの混雑と不定の整調
縦横無礙むげの淫心
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
「ふふむ、そうか。左様な証拠があるとあっては、無礙むげに老父や弟を拘引こういんもなるまい。宋江の追捕ついぶは、懸賞金をかけて、ひろく他をさがさせることにしよう」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかしながら私の祈り求めてやまざる無礙むげ自由の白道に出づるためにはそれは欠くべからざる手続きなのである。私はすべてのものを肯定せんとする願いにみちている。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
葛藤纏繞の上に於て無礙むげなる道著現成す、荊棘林中に自在を得るの義なり。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
いわゆる無礙むげの生活とは障害にひとたびは身動きもできないほど不自由を意識した人が努力の後に得たる自由の生活のことである。愛のない人は自分の欲するままを行なえばいいであろう。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
いわゆる無礙むげ自由の境である。武蔵は、胸の開けた心地がした。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)