漸次だんだん)” の例文
と、さらに不思議なことには、姿の見えない笑い声が、漸次だんだんこっちへ近寄って来る。部屋の隅と思ったのが、畳の上から聞こえて来る。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
渡邊をれてうららかな秋の街を散歩でもするような足どりで歩き出した、二人は漸次だんだん郊外の方へ近よると、其所そこには黒ずんだ○△寺の山門が見えた
誘拐者 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
今日こそ生れた時の産髪うぶがみのままで漸次だんだんと年を取って、それを摘み込み、分け方を当時の風にしただけで、ハイカラがっているけれど別にその上の変化はない。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
一旦は勝誇かちほこった市郎も漸次だんだんに心細くなって来た。この上は依頼たのみにもならぬ救援すくいの手を待ってはいられぬ、自分一人の力での危険の地を脱出するより他はない。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
群集ぐんしふさら時分じぶん見計みはからつてはぐら/\とはしらたふさうとした。丈夫ちやうぶはしらはまだ火勢くわせいがあたりをとほざけて確乎しつかつてた。村落むら人々ひと/″\漸次だんだんかへつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
私達遊び仲間の連中はすべて不成績で、漸次だんだん是等これらの諸氏と席の方が遠ざかるばかりであった。
私の経過した学生時代 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
其処そこで夏も過ぎて楽しみにしていた『冬』という例の奴が漸次だんだん近づいて来た、その露払つゆはらいが秋、第一秋からして思ったよりか感心しなかったのサ、しんとした林の上をパラパラと時雨しぐれて来る
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「ワーッ」という鬨の声! それも漸次だんだん遠ざかる。山窩を追って行くのであろう。またも響き渡る鉄砲の音! だが遙かに隔たっている。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
かれ自分じぶん瘡痍きずかる醫者いしやから宣告せんこくされたときなんとなく安心あんしんされたのであつたが、しかまた漸次だんだん道程みちのりはこびつゝ種々いろいろ雜念ざふねんくにれて、失望しつばう不滿足ふまんぞくこゝろいだきはじめた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
尤も子供の時には玩具のような大小であるが、漸次だんだんと本物をさすようになる。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
片手は綱にすがり、片手は松明たいまつって、塚田巡査は左右の足を働かせながら、足がかりとなるべき大小の岩を探りつつ、漸次だんだんに暗い底へ降りて行った。の人々は息をんでその行動に注目していた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
五人、十人、二十人と、見ている間に信徒達は、侵入軍の餌食えじきとなった。そうして漸次だんだん信徒達は、小路小路へ追い詰められた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
杉右衛門は炉側ろばたに坐ったまま、いつまで経っても動こうともしない。やがてたきぎが尽きたと見えて焚火が漸次だんだん消えて来た。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「いいえ睡くはございません。ちっとも睡くはございません。不思議なことに今夜は漸次だんだん眼が冴えるようでございます」
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
この間も船は帆駛ほばしって行った。名残なごり夕筒ゆうづつも次第にさめ、海は漸次だんだん暗くなった。帆にぶつかる風の音も、夜に入るにしたがって、次第にその音を高めて来た。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そういったような幽かな音で、それが漸次だんだん近寄って来た。しかしどこからやって来たのか、またどの辺へ近寄って来たのか、それは知ることが出来なかった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しかし漸次だんだん蒼白い顔へ、鮮かな血の気が射して来た。急に唇がほころびた。彼はまさしく微笑したのであった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
空が次第に蒼味を増し、薔薇色ばらいろの光も射して来た。淡紅とき色は漸次だんだん色となり、緋色は忽ち黄金こがね色となり、四方あたり瞬く明かるむに連れて、朝もや分けて一つ一つ、山や林や高原が三人の前に現われ出た。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)