湿)” の例文
旧字:
足下のジクジクと湿けた大地は、湯のように温くなって、ぐんなりとした草の葉が吐く生温いいきれが、息苦しいほど立てこめていた。
恨なき殺人 (新字新仮名) / 宮島資夫(著)
そうしている間も、ちょっと油断すると、秋草のしとどな露に、火縄は消してしまうし、弾薬は湿めらしてしまう。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そう言うと「ええ。」と首肯うなずいて、目をとじた。二階へあがりかけると、この古い家の梯子段が暗くて、へんな闇のにおいのような湿けたくさみがした。
音楽時計 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
わが、辻三がこの声を聞いたのは、麹町こうじまち——番町も土手下り、湿けた崖下がけした窪地くぼちの寒々とした処であった。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
土蔵くらの縁の下にも住居すまいの下にも、湿けないようにと堅炭かたずみが一ぱい入れてあるといったうちで、浜子一代は、どんなことがあっても家に手を入れないですむようにと
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
状袋ののり湿めして、赤い切手をとんとつた時には、愈クライシスに証券を与へた様な気がした。彼は門野かどのに云ひ付けて、此運命の使つかひを郵便ばこげ込ました。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
夏なら木下闇こしたやみの、枯れ枝ながら鬱陶しくさし交した下は、溜った落葉の、土の匂も湿けて暗かった……
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
そこは、虎でもくぐれそうもない蔦葛つたかずらの密生で、空気は、マラリヤをふくんでどろっと湿っけている。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
かわやへ出る縁先えんさきの小庭に至っては、日の目を見ぬ地面の湿け切っていること気味わるいばかりである。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「広いんでね。いくらか湿けるようですがね。わたしは一日中、外で働いて、寝に帰るだけなんだから。湿けて困るのは、うちにじっとしている御新造ごしんぞさんだけでさ」
「お前、茶壺しらねえか? 島根にいた頃、出入りの大工で茶人がいて、これへ茶入れとくと湿けることがないと云ってくれたんで、おら大事にしていたに無いごんだ」
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
今はそこもからッぽだ。白地に黒く雲形を織り出した高麗縁こうらいべりの畳の上までが湿けて見える。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼が十歳のとき甘木の祇園ぎおんの縁日に買い来しものなり、雨に湿みて色変りところどころ虫いたる中折半紙に、御家流おいえりゅう文字を書きたるは、とらの年の吉書の手本、台所のゆがめる窓よりぎ来たれる
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
へうのごとえつつ湿めるみちくま
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
状袋ののり湿めして、赤い切手をとんと張った時には、いよいよクライシスに証券を与えた様な気がした。彼は門野に云い付けて、この運命の使を郵便函ゆうびんばこに投げ込ました。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
又、あちらでよい主取りをし、屋敷がまったら迎えてとらせようものを……。はっはははは、琴糸こといとが涙に湿める、なんぞ、他の曲を所望、ほかの、涙などこぼさぬ曲を……
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
秋の夜の糠雨といえば物の湿ける事入梅にもまさるが常とてわたしは画帖や書物の虫を防ぐため煙草盆たばこぼんの火をき立てて蒼朮そうじゅつき押入からきりの長箱を取出して三味線をしまった。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
土間の湿けた格子内の、三尺式台の上に、瓶が出て居り、白いものが這入っていた。
童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
玄関の下駄を引抓ひッつまんで、晩方ばんがた背戸へ出て、柿のこずえの一つ星を見ながら、「あの雀はどうしたろう。」ありたけの飛石——と言っても五つばかり——をそぞろに渡ると、湿けた窪地くぼちで、すぐ上がしのぶこけ
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
先ず函館じゅうよく調べて、湿っけない倉庫を
杉垣 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
その湿めらへる声の中
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)