湿うるほ)” の例文
旧字:
嬉しさはことばに尽し難し。水なるかな、水ありて緑あり、水はのんど湿うるほし、緑は眼を潤す。水ありて、人あり、獣あり、村をなす。
声は低くなりて、美き目は湿うるほへり。彼は忘れざるべし、その涙をぬぐへるハンカチイフは再び逢はざらんとする人の形見なるを。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
終夜しうやあめ湿うるほひし為め、水中をあゆむもべつに意となさず、二十七名の一隊粛々しゆく/\としてぬまわたり、蕭疎しようそたる藺草いくさの間をぎ、悠々いう/\たる鳧鴨ふわうの群をおどろかす
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
打渡す深緑はこと/″\湿うるほひ、灰色の雲は低く向ひの山の半腹までかゝつて、夏の雨には似つかぬ、しよぼ/\とけぶるがごとき糠雨ぬかあめわびしさはたとへやうが無い。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
我手して露の玉に湿うるほふ花のかしらをうち破る夢を見、又た或時は、春におくれて孤飛する雌蝶の羽がひを我が杖の先にて打ち落す事もあり、かつてらかりしものを
我牢獄 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
淡い夜霧が田畑の上に動くともなく流れて、月光つきかげが柔かに湿うるほうてゐる。夏もまだ深からぬ夜の甘さが、草木の魂をとろかして、天地あめつちは限りなき静寂しづけさの夢をめた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
さあ菓子も挟んではやらぬから勝手に摘んで呉れ、と高坏たかつき推遣りて自らも天目取り上げ喉を湿うるほしたまひ、面白い話といふも桑門よすてびとの老僧等には左様沢山無いものながら
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
涙はかへつて枯れしをれた丑松の胸を湿うるほした。電報を打つて帰る道すがら、丑松は蓮太郎の精神を思ひやつて、其を自分の身に引比べて見た。流石さすがに先輩の生涯しやうがいは男らしい生涯であつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
水に依つて、湿うるほされた勝平の咽喉は、初めてハツキリした苦悶の言葉を発した。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
かねうつや、袖も湿うるほふゆきずりに
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
そのかぞへざりし奇遇とゆめみざりし差別しやべつとは、咄々とつとつ、相携へて二人の身上しんじようせまれるなり。女気をんなぎもろき涙ははや宮の目に湿うるほひぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
朝風すゞしく地は露に湿うるほひたる時、桐の花の草の上などに落ちたるを見たる、何となく興あり。梢にあるほどは、人に知られぬもをかし。花の形しほらしく、色ゆかし。
花のいろ/\ (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
谷は益々迫つて、ふち水沫しぶきは崖の上をたどつて行く人達の衣を湿うるほすやうになつた。平日ならば成ほどこれはすぐれた山水であるに相違なかつた。紅葉の時の美観もそれと想像が出来た。
山間の旅舎 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
涙などは、一滴だつて彼女の長い睫をさへ湿うるほさなかつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
幾年いくとせ聞かざりしその声ならん。宮は危みつつも可懐なつかしと見る目を覚えず其方そなたうつせば、鋭くみむかふる貫一のまなこ湿うるほへるは、既に如何いかなる涙の催せしならん。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
家々の屋根は雨あがりの後のごとく全く湿うるほひ尽して居る。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)