汁椀しるわん)” の例文
その膳の汁椀しるわんそばに、名刺が一枚載せてある。大石はちょいと手に取って名前を読んで、黙って女中の顔を見た。女中はこう云った。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
亭主は食べおわった茶碗に湯を注ぎ、それを汁椀しるわんにあけて飲み尽し、やがて箱膳はこぜんの中から布巾ふきんを取出して、茶碗もはしも自分でいて納めた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
諸君と共に二列に差向って、ぜんに就く。大きな黒塗の椀にうずたかく飯を盛ってある。汁椀しるわんは豆腐と茄子なす油揚あぶらあげのつゆで、向うに沢庵たくあんが二切つけてある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
例の椀大わんだいのブリキ製のさかずき、というよりか常は汁椀しるわんに使用されているやつで、グイグイあおりながら、ある者は月琴げっきんを取り出して俗歌の曲をうたいかつ
遺言 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
なべそこにはしろいどろりとしたこめかゆがあつた。汁椀しるわんをとつてたら小皿こざらにはひしほすこせてあつた。卯平うへいめた白粥しろがゆへまだ一口ひとくちはしをつけた容子ようすがない。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
久しぶりにあぶらの浮いている汁椀しるわんと、にぎり飯とを両手に持って、兵たちは、明日あすの空あいを眺めていた。
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
下女はとんだことをしたとやんでいた。花前が食事しょくじ水車的すいしゃてきでいつもおなじような順序じゅんじょをとる。自分のときめた飯椀めしわん汁椀しるわんとは、かならずばんごと自分で洗って飯をべる。
(新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
トムを知る者も知らないものも先輩の彼氏かれへ対して汁椀しるわんを上げて敬意を表した。それからぞろぞろと監房へ分れて帰ると、二時間の作業である。一時間の修身である。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おとつゝあはおこりつだから」としづんでつぶやくやうにいつた。かれぜんうへつて飯粒めしつぶを一つ/\につまんで、それから干納豆ほしなつとうれも一つ/\に汁椀しるわんなかれた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
小川は冷えた酒を汁椀しるわんの中へ明けて、上さんの注ぐ酒を受けた。
鼠坂 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
卯平うへいたれがさうしてくれたかたゞ一人ひとり蒲團ふとんにゆつくりとくるまつてた。枕元まくらもとにはちひさななべぜんとがかれて、ぜんには茶碗ちやわんせてある。汁椀しるわんれも小皿こざらおほうてせてある。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)