氷雨ひさめ)” の例文
そして、ゆうべからの氷雨ひさめでにわかに葉の落ちつくした樹々を見て、自分の連想の誤りに気づき、そっと苦笑しながらこう呟いた。
落ち梅記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
みぞれまじりの氷雨ひさめが、しとしとと降っておりました。身を切るような北風が、ちぎれちぎれの灰色の雨雲をひくくはわせておりました。
一日じゅう離れなかった霧が、夕方ちょっと氷雨ひさめに変わったりして、その晩はことに黒い液体が空間に流れめたような、湿った暗夜だった。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
逃げ落ちて行く先々を、伏兵には待たれ、矢風は氷雨ひさめと道を横ぎり、玄徳はまったく昏迷に疲れた。睫毛まつげも汗に濡れて、陽もくらい心地がした。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
無意味な失費をいとうので、新橋から氷雨ひさめに降られながら歩いてきたのらしい。茶のオーヴァ・コートが濡れしおれている。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そして氷雨ひさめの降る夜を車に乗って奔走もしました。そしてついに平和をもたらすことができました。私の心はどんなにやわらいで、そして感謝したでしょう。
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
氷雨ひさめに似たようなものであれば、これはいたずらに、今までの積雪の表面に余計な硬皮クラストをかぶせるだけの役にしか立たないから、折角の舞台を滅茶々々にされて
踊る地平線:11 白い謝肉祭 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
がらり、紅葉もみじ湯の市松格子が滑ると、角の髪結海老床えびどこの親分甚八、蒼白い顔を氷雨ひさめに濡らして覗き込んだ。
気を滅入めいらす氷雨ひさめが朝から音もなく降りつづいていて、開け放たれた窓の外まで、まるで夕暮のように惨澹さんたんとしていたが、ふと近所のラジオのただならぬ調子が彼の耳朶じだにピンと来た。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
やがて氷雨ひさめの通り過ぎて空も明るくなったころ、笹屋庄助ささやしょうすけと小笹屋勝之助の両名が連れだってそこいらの見回りに出たが、二人の足は何かにつけて気にかかる半蔵の座敷牢の方へ向いた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この日は朝来より氷雨ひさめ降りそぼち、遠い峰々は黒い、重い山雲のなかにまったく姿を隠していた。僅かに近い山々が煙ったような水蒸気のなかにんやりと姿を現わしているのにすぎない。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
その日、冷たい氷雨ひさめが石狩のだゞツぴろい平原に横なぐりに降つてゐた。
防雪林 (旧字旧仮名) / 小林多喜二(著)
垢染あかじみて、つぎはぎだらけで、ボロボロで、見るかげもない侘しい着物には、人生行路の氷雨ひさめやしまきや雪みぞれの憂さ辛さが見るからに滲みだしていて、いたましさにハッと助六は目を伏せた。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
道行く人の姿は悄然しょんぼりとして、折々おりおり落葉を巻いて北風が氷雨ひさめを落した。
老婆 (新字新仮名) / 小川未明(著)
針樅はりもみ氷雨ひさめうちひびきいさぎよしことごとの雨よすがしとを見む
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
わがために短かつたあの春は嵐のたけりに、暗い氷雨ひさめ打撃うち
展望 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
我が投げし石はとどかず崖下の氷雨ひさめしぶかふ荒磯の鵜に
河馬 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
氷雨ひさめもよひの日こそ來れ
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
氷雨ひさめのうつにまかせては
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
氷雨ひさめの降る朝でも
明日はメーデー (新字新仮名) / 槙村浩(著)
たちまち氷雨ひさめのごとく降りかかる十手じっての雨。——かける足もとを、からみたおす刺股さすまた、逃げるをひきたおすそでがらみ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
相も変らず霧のような氷雨ひさめは大気を濡らし、共同便所の瓦斯ガス灯の舌もまだ蒼白く瞬いている朝の七時ごろ。
夜の氷雨ひさめがシトシトと闇黒を溶かして注いでいる。樹々の葉が白く光って、降り溜まった水の重みに耐えかねて、つと傾くと、ポツリと下の草を打つしずくの音が聞こえるようだ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
をさな兒は軍歌うたひていさぎよし外套に靴に氷雨ひさめはじき來る
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
脣、抱擁、ああ八月の花に時ならぬ氷雨ひさめの雲の來襲!
展望 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
氷雨ひさめに折れし葦の葉の
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
「それをいわれると、氷雨ひさめを浴びるように辛うござる。もう野末の白骨にひとしい丹左なれど、ただ子を思う闇にさまようて、生きながらえておりまする」
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
四月に入り、麦の実入り時になると、毎日、北風ばかり吹き、極寒のように氷雨ひさめが降りつづいた。
ボニン島物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
まだ眠りからさめぬ大江戸の朝は、うらかなしい氷雨ひさめが骨に染みて寒かった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
をさな児は軍歌うたひていさぎよし外套に靴に氷雨ひさめはじき来る
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
氷雨ひさめうみ海神わだつみ
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
かいの細道から三、四人、芋虫いもむしのように渓谷けいこくへころげ落ちた。あッ……とあおぐと、天をならの木のてッぺんから、氷雨ひさめ! ピラピラピラ羽白はじろ細矢ほそやがとんでくる。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
朝の田に澄みつつあかる水のいろ昨夜よべ氷雨ひさめかふりたまりたる
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
氷雨ひさめの海の海神わだつみ
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
或る者は、水中の張り綱を切りながし、或る者は、氷雨ひさめと飛んでくる矢を払い、また、みよしに突っ立った弓手は、眼をふさいで、陸上の敵へ、射返して進んで行った。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
朝の田に澄みつつあかる水のいろ昨夜よべ氷雨ひさめかふりたまりたる
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
またその影を慕って、すぐ公卿の一ト群れや僧衣の影も、氷雨ひさめ、火の雨の下を、走りつづいていた。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
冬青もちの葉に走る氷雨ひさめの音聽けば日のくれぐれはよくはじくなり
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
なだれ合って慕ってくる光が、横なぐりに降る氷雨ひさめにも似た十手であると初めて分る。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
冬青もちの葉に走る氷雨ひさめの音聴けば日のくれぐれはよくはじくなり
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
武者窓から痛い氷雨ひさめが吹き込み、木剣から火をほとばしらせる冬が来た。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うち黄ばむ落葉松からまつ見れば狭霧立ち氷雨ひさめひびかふ時いたりけり
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
冬向ふしみ落葉松からまつ氷雨ひさめふりいたもにじめり寒き落葉松からまつ
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
とばかりいっせいに氷雨ひさめ人影ひとかげ
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
闇澹あんたん氷雨ひさめやすらし。
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)