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殿軍
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しんがり
ふりがな文庫
“
殿軍
(
しんがり
)” の例文
この時も趙雲は、一手の軍兵を持って、最後まで四人の前に
殿軍
(
しんがり
)
していたため、手出しはおろか、私語する隙間もなかったのである。
三国志:08 望蜀の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
こうして
殿軍
(
しんがり
)
が谷に下り、先陣が対山の向こう側へ次第に姿を消す頃には、ただ見る一匹の
大蜈蜙
(
おおむかで
)
が全身
焔
(
ほのお
)
に包まれながら白布の上を
這
(
は
)
うかのように
蔦葛木曽棧
(新字新仮名)
/
国枝史郎
(著)
むろん私達は、あとから
殿軍
(
しんがり
)
を承わる。武器さえ持って行けば、決して心配ないと思います。如何でしょう? こいつは、手ッ取早くていいと思うんですが
坑鬼
(新字新仮名)
/
大阪圭吉
(著)
後
(
あと
)
に続く木川子、それにかく申す吾輩、
殿軍
(
しんがり
)
としては五尺六寸ヌーボー式を発揮した
未醒
(
みせい
)
画伯、
孰
(
いず
)
れも
着茣蓙
(
きござ
)
を羽織って、意気揚々
塩原
(
しおばら
)
へこそ乗りこんだり。
本州横断 痛快徒歩旅行
(新字新仮名)
/
押川春浪
、
井沢衣水
(著)
城中へ逃げこむと見せて、藤吉郎を先に、
殿軍
(
しんがり
)
の一隊は、風の如く、万死の中から
活路
(
かつろ
)
を求めて、すでに、国境をめぐる山岳の彼方へ
新書太閤記:03 第三分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
▼ もっと見る
「じゃ、
殿軍
(
しんがり
)
を頼みますよ」
坑鬼
(新字新仮名)
/
大阪圭吉
(著)
「もちろん来ましょう。けれど、二つの
板斧
(
まさかり
)
を持った体じゅう黒い男が、
殿軍
(
しんがり
)
はおれにまかせろと、縦横無尽、追ッ払ってゆきました」
新・水滸伝
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
高松のあとへ
殿軍
(
しんがり
)
として残して来た森勘八の一軍も、この頃、追いついて来たし、そのほか遅れた部隊も、続々見えて両岸にむらがった。
新書太閤記:08 第八分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
かくと
殿軍
(
しんがり
)
の物見から聞くと、孔明は初めて、うすい
微笑
(
ほほえみ
)
を
面
(
おもて
)
に持った。
生唾
(
なまつば
)
を呑むように、待ちに待っていたものなのである。
三国志:11 五丈原の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
もし後から、本多平八郎の助勢が来なかったら、信雄自身も、決死の
殿軍
(
しんがり
)
——細川忠興や
蒲生飛騨守
(
がもうひだのかみ
)
のよい功名にされたかも知れなかった。
新書太閤記:11 第十一分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
呂布は、兵をつけて、続々とこれを長安へ送り立てると同時に、一方、今なお虎牢関の守りに残っている味方の
殿軍
(
しんがり
)
に対して
三国志:03 群星の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
「ご舎弟様の一軍は、黄瀬川の上を取って、烈しく敵をくいとめ、船田ノ入道なども、必死な
殿軍
(
しんがり
)
をつとめておりますが……」
私本太平記:10 風花帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
ひとりが答えると、さらばそこまでいそげと、婦女老幼の群れには
趙雲
(
ちょううん
)
を守りにつけ、
殿軍
(
しんがり
)
には張飛をそなえて、さらに落ちのびて行った。
三国志:07 赤壁の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
殿軍
(
しんがり
)
をいいつかった柴田勝家や
氏家卜全
(
うじいえぼくぜん
)
などは、なお
退
(
ひ
)
くことをいさぎよしとしない部隊を駈けまわって、退却をうながした。
新書太閤記:04 第四分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
しっぱらい(
殿軍
(
しんがり
)
)の任は、そのゆえに、至難中の至難とされ、よほどな剛気と勇猛の士でなければ、その大役は果せぬものといわれている。
新書太閤記:11 第十一分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
夜明けがたの院ノ庄は、きのう以上な
馬数
(
うまかず
)
や兵で埋まっていた。船坂に
殿軍
(
しんがり
)
した千葉ノ介の一隊も今暁、ひきあげて来たものらしい。その上
私本太平記:05 世の辻の帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
卯
(
う
)
の
刻
(
こく
)
(午前六時)頃——一斉にまた急追にかかった。程なく、敵の一尾隊に接触した。その敵は佐久間本隊の
殿軍
(
しんがり
)
、安井左近の手勢だった。
新書太閤記:09 第九分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
袁譚
(
えんたん
)
は城を出て、その後備えを追撃した。そして
殿軍
(
しんがり
)
の大将
呂曠
(
りょこう
)
と
呂翔
(
りょしょう
)
のふたりをなだめて、味方に
手懐
(
てなず
)
け、降人として、曹操の見参にいれた。
三国志:06 孔明の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
この移動を
邪
(
さまた
)
げんとするもののように、すでに外濠の道路の一角では、明智勢と
殿軍
(
しんがり
)
のあいだに血戦が捲き起されていた。
新書太閤記:07 第七分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
「予は、つつがなく漢中へ退いた。
殿軍
(
しんがり
)
の労を謝す。
卿
(
けい
)
らまたつつがなく此処に来らんことを祈る」と、云い送った。
三国志:11 五丈原の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
「……しかしなお、敵に再度の
目企
(
もくろ
)
みがないとはかぎらぬゆえ、千葉ノ介は船坂に
殿軍
(
しんがり
)
して、明日の夜ごろ、院ノ庄に追ッつく手筈となっており申す」
私本太平記:05 世の辻の帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
やっと水の
退
(
ひ
)
いた谷々に、入念に
殿軍
(
しんがり
)
を配し、主力の退軍もふた手に分けて、一隊が退いてから、次を退くというふうに、あくまで
緻密
(
ちみつ
)
にひきあげた。
三国志:11 五丈原の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
「ここは、われらで
殿軍
(
しんがり
)
をいたせば、方々は、もっと奥地へ遠く引揚げて、いよいよ足場を占めて備え立てなされ」
源頼朝
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
「
日根野兄弟
(
ひねのきょうだい
)
、
長谷川秀一
(
はせがわひでかず
)
は、中軍につけ。しっぱらい(
殿軍
(
しんがり
)
のこと)は、
細川忠興
(
ほそかわただおき
)
、
蒲生氏郷
(
がもううじさと
)
のふたりがせよ」
新書太閤記:11 第十一分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
殿軍
(
しんがり
)
に、弱体の老兵ばかり一万も残して、敵が遠く退いたのは、われを誘わんとする、見えすいた
謀
(
はかりごと
)
にちがいない
三国志:10 出師の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
が——秀吉の進撃の手は、
仮借
(
かしゃく
)
なく前田軍をも撃ち
捲
(
ま
)
くった。前田方の
殿軍
(
しんがり
)
、小塚藤兵衛、富田与五郎、木村三蔵など、十数名は、この時に、討死した。
新書太閤記:09 第九分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
殿軍
(
しんがり
)
の役、それがしにお命じください。そして殿には、多勢を連れず、
朽木谷
(
くちきだに
)
の間道から、夜にまぎれて、死地を
新書太閤記:03 第三分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
もっとも悲壮だったのは、自分から
殿軍
(
しんがり
)
をひきうけて、味方の大軍が、
退口
(
のきぐち
)
を取った後も、わずかな手勢と共に、金ヶ崎の孤塁に残った藤吉郎であった。
新書太閤記:03 第三分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
……あとは王甫が生命がけで固めています。城もろとも微塵になるまで
殿軍
(
しんがり
)
しています。どうか少しも早く蜀へ
三国志:10 出師の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
が、直義はなお
殿軍
(
しんがり
)
して、あくる朝、仁木、畠山が目的をはたしたのを見とどけてから先の本軍を追っかけた。
私本太平記:07 千早帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
郝思文
(
かくしぶん
)
が先鋒、
宣賛
(
せんさん
)
が
殿軍
(
しんがり
)
、
段常
(
だんじょう
)
が
輜重
(
しちょう
)
隊。そして総司令
関勝
(
かんしょう
)
は、中軍という編制。——これが満都の歓呼と注目をあびて
汴城
(
べんじょう
)
を立つ日の
巷
(
ちまた
)
に歌があった。
新・水滸伝
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
殿軍
(
しんがり
)
は、小勢ながら、地勢を利しており、羽柴方は、大軍ではあるが、
狭隘
(
きょうあい
)
な地なので、全力を注ぎ得ない。
新書太閤記:09 第九分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
宋江は、
小李広
(
しょうりこう
)
の花栄、豹子頭
林冲
(
りんちゅう
)
、また
呼延灼
(
こえんしゃく
)
などに、
殿軍
(
しんがり
)
を命じて、一角の陣から引き揚げを開始した。
新・水滸伝
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
殿軍
(
しんがり
)
の柴田軍は、
堰
(
せき
)
を切って出た門徒勢のため、さんざんに撃破された。彼の作戦どおり、逃げ走って行ったが、そこには、待ち伏せていた新手の敵があった。
新書太閤記:04 第四分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
五郎はすぐ彼方の小高い所へ駈け行き、
渇
(
かわ
)
きを医した兵は、ふたたび、ザッザと無口に歩き出していた。——するうちに、味方の
殿軍
(
しんがり
)
三十騎も追いついてきたが
私本太平記:12 湊川帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
もちろん主君の安否については、犀川の上流で
殿軍
(
しんがり
)
したという千坂内膳、芋川平太夫、その他の旗本たちのことばに依って、無事御帰国という推定はついていた。
上杉謙信
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
殿軍
(
しんがり
)
にのこった甥の弥四郎正氏と十幾人の者は、ついに一人もあとから追ッついては来ないのだった。
私本太平記:12 湊川帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
「ではただちに、柳堂の御本陣をすすめ、一路、都へ軍をいそげ。おれは
殿軍
(
しんがり
)
してすぐあとを駈ける」
私本太平記:07 千早帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
「
恃
(
たの
)
みに足らぬ細腕と思し召しましょうが、馳せもどって、
殿軍
(
しんがり
)
の殿軍をいたしまする。わたくし如きは、お見捨て下さって、すこしも早くお退きなされますように」
新書太閤記:04 第四分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
大将勝頼を、猿橋の附近まで送って来ると、内藤修理は、
殿軍
(
しんがり
)
のため、すぐ引っ返して、追い来る敵と戦った。彼が壮烈な戦死をとげた場所は、出沢の丘の上だった。
新書太閤記:05 第五分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
やがて白々と明けてきたが、どうしたわけか、
殿軍
(
しんがり
)
の六角時信の兵はまだやって来なかった。のみならず、後方の連絡の者からは、
怪
(
け
)
しからぬ風聞さえ、こう伝わってきた。
私本太平記:08 新田帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
うしろには早や官軍がせまっていたし、
殿軍
(
しんがり
)
とても、すでに戦意はくずれていたことだった。
私本太平記:10 風花帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
「太守
徐栄
(
じょえい
)
は、相国のため道を開き、帝の
御車
(
みくるま
)
をお迎えして、ここに
殿軍
(
しんがり
)
なすと聞いたので、安心して参ったが、さては裏切りしたか。その分なれば、踏みつぶして押し通れ」
三国志:03 群星の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
万一のばあいには、そのままその家の屋根裏へも——というほどな用意でもあったことだろう。しかしまもなく三名の妃もつつがなく落ちあい、
殿軍
(
しんがり
)
の成田小三郎からも伝令で
私本太平記:06 八荒帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
丹羽隊、滝川隊などを
殿軍
(
しんがり
)
にのこして、まず秀吉や荒木村重の本軍から後退を開始した。
新書太閤記:05 第五分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
大見平太の兄政光も、弟に心をひかれ、
殿軍
(
しんがり
)
の勢に交じって、乱軍の中へ駈け入った。
源頼朝
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
「あとは、それがしが
殿軍
(
しんがり
)
します。ただ急いで落ち給え」と、張遼が踏みとどまる。
三国志:08 望蜀の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
「いや、
殿軍
(
しんがり
)
します。対岸の部落でお待ちください。それがしは
陸路
(
くがじ
)
をまわります」
源頼朝
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
「
殿軍
(
しんがり
)
は、汝にまかせる。きょうこそ、堪忍の緒をきってもよいぞ」と、いった。
三国志:04 草莽の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
しかし、敵の
殿軍
(
しんがり
)
に射返されて、却っておびただしい負傷者を求めてしまった。
三国志:03 群星の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
“殿軍(殿(軍事用語))”の解説
殿(しんがり)は、後退する部隊の中で最後尾の箇所を担当する部隊。後備え(あとぞなえ)、殿軍(でんぐん)ともいう。
転じて、隊列や順番の最後尾のこと。
(出典:Wikipedia)
殿
常用漢字
中学
部首:⽎
13画
軍
常用漢字
小4
部首:⾞
9画
“殿”で始まる語句
殿
殿上人
殿上
殿御
殿様
殿方
殿樣
殿堂
殿中
殿下