かが)” の例文
招かれて来るお客はお婆さんばかりで、腰をかがめながらはいって来る人のあとには、すこし耳も遠くなったという人の顔も見えた。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
同時に細君は自分のもっているあらゆる眼の輝きを集めて一度に夫の上にそそぎかけた。それから心持腰をかがめて軽い会釈えしゃくをした。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして今の吾々には珍しい習慣であろうが、人々が御殿で飯を戴く時には必ず両肘を膝の上につけて、深く身をかがめたまま食事をすることになっていた。
御殿の生活 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
忠太は、棚の上の荷物を気にして、時々其を見上げ/\しながら、物珍らし相に乗合の人々を、しげ/\見比べてゐたが、一時間許り経つと、少し身体をかがめて
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「息ついだぞ。眼ぃだぞ。」一郎のとなりの家の赤髯あかひげの人がすぐ一郎の頭のとこにかがんでゐてしきりに一郎を起さうとしてゐたのです。そして一郎ははっきり眼を開きました。
ひかりの素足 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
大佐はそれから何か考え考え腰をかがめて、携帯電燈の射光を候補生の眼に向けた。私と同様に血塗ちまみれになった、拇指おやゆび食指ひとさしゆびで、真白に貧血している候補生の眼瞼がんけんを引っぱり開けた。
戦場 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
お金は慇懃に腰をかがめて家中かちうの内儀らしい態度で會釋をした。此二人の客人は文太郎歸郷後に下宿した人であつたので此一行を此家の主と知るよしもなく不審さうに眺めて表に出た。
摺違すれちがいざまに腰をかがめていそがし気に行過ぎるのは札差ふださしの店に働く手代てだいにちがいない。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
私は、あんまり長い小便にあいそをつかしながら、うんと力んで自分の股間こかんを覗いてみた。白いプクプクした小山の向うに、空と船がさかさに写っていた。私は首筋が痛くなるほど身をかがめた。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
彼はこの紳士の好意で、相当の地位さえ得られるならば、多少腰をかがめて窮屈な思をするぐらいは我慢するつもりであった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
胡頽子ぐみの樹の下で、お雪は腰をかがめて、冷い水を手にすくった。隣の竹藪たけやぶの方から草を押して落ちて来る水は、見ているうちに石の間を流れて行く。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
『痛くねえす。』とお定は囁いたが、それでも忠太がまだ何か話欲しさうにかがんでるので
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
漁師りょうしか、そうでなくっても楽みにりょうをするもの、もしくは網をすくことを商売としておるもの、と言ったようなものが、灯火ともしびの下に背をかがめてその網をすいておると秋風が吹いて来て
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
辰さんは弟に命じて籾をに入れさせ、弟はそれを円い一斗桝に入れた。地主は腰をかがめながら、トボというものでその桝の上を丁寧にで量った。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
で、膝頭を伸ばしたりかがめたりして見たが、もう何ともない。階下したではまだ起きた気色けはひがない。世の中が森と沈まり返つてゐて、腕車くるまの上から見た雑踏が、何処かへ消えて了つた様な気もする。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
すべてが恐ろしい魔の支配する夢であった。七時過に彼ははっとして、この夢からめた。御米がいつもの通り微笑して枕元にかがんでいた。えた日は黒い世の中をとくにどこかへ追いやっていた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
寝床の上でひとり耳を澄まして、彼は柔かな雨の音に聞き入った。長いこと、蒲団ふとん掻巻かいまきにくるまってかがんでいた彼の年老いた身体が、た延び延びして来た。寝心地の好い時だ。
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
代助は何をするともなくその間にかがんでいた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
Sの兄は大きなバケツをげて、牛小屋の方から出て来た。戸口のところには、Sが母と二人で腰をかがめて、新鮮な牛乳を罎詰びんづめにする仕度したくをした。暫時しばらく、私は立ってながめていた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
裏の流は隣の竹藪たけやぶのところで一度石の間を落ちて、三吉の家の方へ来て復た落ちている。水草を越して流れるほど勢の増した小川の岸に腰をかがめて、三吉は寝恍ねぼけた顔を洗った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
表門のさくのところはアカシヤが植えてあって、その辺には小使の音吉が腰をかがめながら、庭をいていた。一里も二里もあるところから通うという近在の生徒などは草鞋穿わらじばきでやって来た。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
腰をかがめ気味に道を踏んでは彼について来た。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)