押被おっかぶ)” の例文
「人聞きのわるいことを言って下さるなよ」お島は押被おっかぶせるように笑った。「あの人達に笑われますね。それが嘘なら聴いてみるがいい」
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「はあ。」と云う、和尚が声の幅を押被おっかぶせるばかり。鼻も大きければ、口も大きい、額の黒子ほくろも大入道、眉をもじゃもじゃと動かして聞返す。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そう押被おっかぶせられると、彼は口を噤むより外仕方がなかった。黙ってると、保子は暫くしてこう云った。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
真蒼まっさお水底みなそこへ、黒くいて、底は知れず、目前めさき押被おっかぶさった大巌おおいわはらへ、ぴたりと船が吸寄すいよせられた。岸は可恐おそろしく水は深い。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
村田は熱っぽい眼付で見上げながら、一寸唇を震わしたが、それを周平は咄嗟に、上から押被おっかぶせた。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
柄杓とともに、助手を投出すとひとしく、俊明先生の兀頭はげあたまは皿のまわるがごとくむきかわって、漂泊さすらいの男女の上に押被おっかぶさった。
と答えて、保子がじろりと見上げたのを、周平は慌てて押被おっかぶせるように云った。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
二人は顔を背け合って、それから総曲輪へ出て、四十物町へ行こうとする、杉垣がさしはさんで、樹が押被おっかぶさったこみちを四五間。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それを更に頭から押被おっかぶせられた。
幻の彼方 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
森は押被おっかぶさっておりますし、行燈あんどうはもとよりその立廻りで打倒ぶったおれた。何か私どもは深い狭い谷底に居窘いすくまって、千仞せんじんの崖の上に月が落ちたのをながめるようです。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
爾時そのとき、これから参ろうとする、前途ゆくての石段の真下の処へ、ほとんど路の幅一杯に、両側から押被おっかぶさった雑樹ぞうきの中から、真向まむきにぬっと、おおきな馬の顔がむくむくといて出た。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
地球の薄皮うすかわが破れて空から火が降るのでもなければ、大海が押被おっかぶさるのでもない、飛騨国ひだのくに樹林きばやしが蛭になるのが最初で、しまいにはみんな血と泥の中に筋の黒い虫が泳ぐ
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お雪はほっと息をいて、肌を納めようとした手を動かすにいとまなく、きゃッといって平伏した。声に応じて少年はかッぱとね起きて押被おっかぶさり、身をもってお雪をかばう。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
雲助の御威光、こうまでに衰えたか、とあんまり強腹ごうはらだから、ちと凄味すごみに、厭だとかしや、と押被おっかぶせて、それから、もし、あの胸にかけていやす、その新しいつとの中を
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
気がつくと、四、五人、山のように背後うしろから押被おっかぶさって、何時いつにかに見物が出来たて。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
串戯じょうだんのように云って、ちょっと口切くぎったが、道学者の呆れて口が利けないのに、押被おっかぶせて
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
門までわずか三四けん左手ゆんでほこらの前を一坪ばかり花壇にして、松葉牡丹まつばぼたん鬼百合おにゆり夏菊なつぎくなど雑植まぜうえの繁った中に、向日葵ひまわりの花は高くはすの葉のごと押被おっかぶさって、何時いつにか星は隠れた。
星あかり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何かに取掴とッつかまったらしく、堅くなってそこらを捻向ねじむく……と、峠とも山とも知れず、ただ樹の上に樹がかさなり、中空をおおうて四方から押被おっかぶさってそびえ立つ——その向ってくべき
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
退引のっぴかせず詰寄るに従って、お夏はますます庇立かばいだて、蔵人に押被おっかぶさるばかりにしつつ
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「ええ、」と言うのに押被おっかぶせて、「馬鹿々々しく安いではないか。」と義憤を起すと、せめて言いねの半分には買ってもらいたかったのだけれど、「旦那さんが見てであったしな。……」と何か
小春の狐 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)