愛誦あいしょう)” の例文
私は彼女と別れて放浪中、偶然、古本屋で買った、「無門関」を愛誦あいしょうしていた。その中でも、「百丈野狐やこ」という公案が好きだった。
野狐 (新字新仮名) / 田中英光(著)
東京下谷したやいけはたの下宿で、岸本が友達と一緒にこの詩を愛誦あいしょうしたのは二十年の昔だ。市川、菅、福富、足立、友達は皆若かった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
柳湾は江戸詩人の中わたくしの最も愛誦あいしょうするものである。鄙稿ひこう葷斎くんさい漫筆』にその伝とあわせて記述する所があるからここには除いて言わない。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
万葉集にある浦島うらしまの長歌を愛誦あいしょうし、日夜低吟ていぎんしながら逍遥しょうようしていたという小泉八雲は、まさしくかれ自身が浦島の子であった。
鶴見は鴎外の許多あまたの翻訳中でその物語をこの上なく愛誦あいしょうしている。聖ジュリアン物語は悪魔の誘惑を書き綴ったものである。
私は青年時代からよく先人の紀行が好きでそれを愛誦あいしょうしたおぼえがあるので、自分も新・平家紀行では、さぐりえた史実の報告やあつかいなどよりも
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
藤村の仙台時代の詩は、私も学生時代に、がらでもなく愛誦あいしょうしたものだが、その詩風には、やはりキリスト教の影響がいくらかあったように記憶している。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
今でも多くの若い人たちに愛誦あいしょうせられている「椰子の実」の歌というのは、多分は同じ年のうちの製作であり、あれをもらいましたよと、自分でも言われたことがある。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
前日来生は客観詩をのみ取る者と誤解被致候ひしも、そのしからざるは右の例にて相分り可申、那須の歌は純客観、後の二首は純主観にて、共に愛誦あいしょうする所に有之候。
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
信長の独特な狩の方法、信長愛誦あいしょうの唄、信長を解く鍵の一つが、たしかにそこにはあるのである。
織田信長 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
相聞そうもんの歌では、これがいちばん男性的であるというような意味で、良斎先生の愛誦あいしょうとなっているところから、その口うつしが、思わず知らず、お雪ちゃんの口癖になっているのかも知れない。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
チェーホフの数ある作品の中でも最も愛誦あいしょうされ、最も人口に膾炙かいしゃした作品であろう。トルストイがこれを四度も続けさまに朗読して、しかも少しもまなかったという逸話は余りにも有名である。
その言葉をわれわれに残したあの中世紀の大放蕩だいほうとう詩人の作物を愛誦あいしょうして、いとしみからと思えば憎しみで、憎しみからと思えばいとしみで、あれからこれへ、これからあれへ、ころがそう転がそう
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
あの北極の太陽に自己おのれ心胸こころたとえ歌った歌、岸本が東京浅草の住居すまいの方でよく愛誦あいしょうした歌をのこして置いて行ったのも同じ仏蘭西の詩人である。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
天保十四年六月簡堂が生野いくの銀山視察の途上、大坂の客舎にあってその母のに接した時の日記の文の如きはわたくしの愛誦あいしょうしてあたわざるものである。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
著者は昔から蕪村を好み、蕪村の句を愛誦あいしょうしていた。しかるに従来流布るふしている蕪村論は、全く著者と見る所を異にして、一も自分を首肯しゅこうさせるに足るものがない。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
前日来せいは客観詩をのみ取る者と誤解被致いたされ候いしも、そのしからざるは右の例にて相分り可申那須の歌は純客観、後の二首は純主観にてともに愛誦あいしょうするところに有之。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
こっそり取り出してその名文を愛誦あいしょうし、遠く離れた周さんをなつかしんだものだが、卒業真際まぎわに、ある学友から取り上げられてしまって、いま思うと実に惜しいのである。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
短いやいばを持って、山の端の月とも見える真白いおもて仰向あおむけたまま目をふさいだ夫人が、日頃、愛誦あいしょうしている法華経ほけきょうの五之巻の一章をしずかにそのくちからとなえているすがたを。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
酒の酔いが回るにつれて、正香は日ごろ愛誦あいしょうする杜詩としでも読んで見たいと言い出し、半蔵がそこへ取り出して来た幾冊かの和本の集注を手に取って見た。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
わたしはかつて愛誦あいしょうした『春濤詩鈔しゅんとうししょう』中の六扇紅窓掩不開——妙妓懐中取煖来という絶句をおもい起すと共にようせざるもパンを抱いて歩めばまた寒からずと覚えず笑を
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
かの歴山アレキサンドル大王やシーザアやの、古代の英雄によって愛誦あいしょうされ、彼等の少年時代に於て、早くそのヒロイックな権力感情を養成した時、後者はより民衆的な青年の間に読まれ
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
有名な彼の遺文「独行道どっこうどう」の句々は、今日でも、愛誦あいしょうに足るものである。もとより彼の時代と現代とのひらきはあるが、玩味がんみすれば、人間本能の今も変らない素朴な良心にふれてくることは否めない。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)