怯懦けふだ)” の例文
予は即座に自殺を決心したれども、予が性来の怯懦けふだと、留学中帰依きえしたる基督教キリストけうの信仰とは、不幸にして予が手を麻痺まひせしめしを如何いかん
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ねえ、君、世間には恋愛、心痛、厭世、怯懦けふだ自惚うぬぼれ、公憤から自殺する人があるのだね。併し僕はこんな動機の中のどれにも動かされて死ぬるのではない。
不可説 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
て吾党の士、吾人の期する所古人に在り。怯懦けふだ逡巡しゆんじゆんして、雲の如く群がれる在天の偉人に笑はるゝこと勿れ。
信仰個条なかるべからず (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
わたし怯懦けふだだ。衞生ゑいせいおどかされて魚軒さしみはない。が、魚軒さしみ推重すゐちようする。そのきらひなのは先生せんせい所謂いはゆるしゞみきらひなのではなくて、しゞみきらはれたものでなければならない。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
我は天性怯懦けふだにして、強盗殺人の罪を犯すべき猛勇なし、豆大の昆虫をそこなふても我心には重き傷痍しやういを受けたらんと思ふなるに、法律の手をして我を縛せしむる如きは
我牢獄 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
アンキーゼが長生ながきいのちへし處なる火の島を治むる者の強慾と怯懦けふだと見ゆべし 一三〇—一三二
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
當時われはその無禮を怒りしが、今思ふに此言は幾分のことわりなきにあらず。われまことに詩人となりて、善く社會の状態を歌はんには、先づかゝる怯懦けふだの心を棄てざるべからず。
秩祿ちつろくを加へられる度數の多いので、心あるものは主家のため、領國のために憂へ、怯懦けふだのものは其人をおそはゞかり、いやしいもの、よこしまなものは其人にたよつて私を濟さうとするやうになつた。
栗山大膳 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
(八〇)ことしたがぶれば、すなは怯懦けふだにしてつくさずとひ、ことはかること(八一)廣肆くわうしなれば、すなは(八二)草野さうやにして(八三)倨侮きよぶなりとふ。(八四)ぜいかたき、らざるからざるなり
あゝ 吾等怯懦けふだのために長き間、いとも長き間
‘かれの眼は常に論者の怯懦けふだ叱責しっせきす。’
呼子と口笛 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
予は予自身に対して、名状し難き憤怒ふんぬを感ぜざるを得ず。その憤怒たるや、あたかも一度遁走とんそうせし兵士が、自己の怯懦けふだに対して感ずる羞恥しうちの情に似たるが如し。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
然れどもひそかに居士の高風を遠羨ゑんせんせしことあるものなり、而して今や居士在らず、いたづらに半仙半商の中江篤介、怯懦けふだにして世を避けたる、驕慢にして世をげたる中江篤介あるを聞くのみ。
兆民居士安くにかある (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
「彼の眼は常に論者の怯懦けふだ叱責しつせきす。」
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
グルモンの答はあたつてゐる。が、必ずしもそればかりではない。醜聞さへ起し得ない俗人たちはあらゆる名士の醜聞の中に彼等の怯懦けふだを弁解する好個の武器を見出すのである。
侏儒の言葉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
自由意志と宿命とに関らず、神と悪魔、美と醜、勇敢と怯懦けふだ、理性と信仰、——その他あらゆる天秤の両端にはかう云ふ態度をとるべきである。古人はこの態度を中庸と呼んだ。
侏儒の言葉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
かう言ふ羽目に陥るのは必しも彼女の我我をしりぞけた場合に限る訳ではない。我我は時には怯懦けふだの為に、時には又美的要求の為にこの残酷な慰安の相手に一人の女人を使ひ兼ねぬのである。
侏儒の言葉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)