夜靄よもや)” の例文
洛内四十八ヵ所の篝屋かがりやの火も、つねより明々と辻を照らし、淡い夜靄よもやをこめたたつみの空には、羅生門のいらかが、夢のように浮いて見えた。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とまれ、十年前ねんまへあきの一乳色ちゝいろ夜靄よもやめた上海シヤンハイのあの茶館ツアコハン窓際まどぎはいた麻雀牌マアジヤンパイこのましいおといまぼく胸底きようていなつかしい支那風しなふうおもさせずにはおかない。
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
夜靄よもやは深くたれこめていた。二十余艘の兵船は、おのおの、ともづなから纜を一聯に長くつなぎ合い、徐々と北方へ向って、遡航そこうしていた。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは乳色ちゝいろ夜靄よもやまち燈灯ともしびをほのぼのとさせるばかりにめた如何いかにも異郷いきやうあきらしいばんだつたが、ぼく消息通せうそくつうの一いうつて上海シヤンハイまちをさまよひあるいた。
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
やがて近づいた倉院の屋根は、雨上がりに似た深い夜靄よもやのうちに寝沈んでいた。——この晩、ふたりにとってはじつに絶好な機だったといってよい。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
黄包車ワンポオツはしる。そして、この東洋とうやう幻怪げんくわい港町みなとまちはしつとりした夜靄よもやなかにもらない。やがてあるつかれてふらりとはひりこんだのが、と裏通うらどほり茶館ツアコブンだつた。
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
朧月おぼろづきけている。——夜はまだ明けず、雲も地上も、どことなく薄明るかった。庭前を見れば、海棠かいどうは夜露をふくみ、茶蘼やまぶき夜靄よもやにうなれている。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
張飛の命令が伝わると、やがて夜靄よもやのなかに、まず二千の兵が先に、どこかへうごいて行った。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
初めは、軒々にたたずんで、かたまり合っていたり、各戸の店頭に腰かけなどして、町中が雑談笑声に賑おうていたが、やがてけて来た夜靄よもやのうちを、先触さきぶれの先駆二、三騎
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あたり一面、夜靄よもやのような薄けむりが、どこからともなくもうもうと立ち迷っている。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蟠桃河ばんとうがの支流である。河向うに約五百戸ほどの村が墨のような夜靄よもやのなかに沈んでいる。村へはいってみるとまだそう夜もけていないので、所々の家の灯皿に薄暗い明りがゆらいでいる。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その布令が、きょうも夕方のうす暗いころに廻った、四明しめいだけの雪もすっかり落ちて、春の夜のぬるい夜靄よもやが草むらや笹叢ささむらから湯気のように湧いている晩である。——やがて初更の鐘が合図。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かどを立って行く呉学人の影は、すぐ模糊もこたる夜靄よもやのうちにうすれ去った。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「よせやい。夜靄よもやか、湯屋の煙を見まちがいしやがッて」
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
外は、ぬるい夜靄よもやの夜だし、陽気にはまず申し分もない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
重くるしい寂寞せきばく夜靄よもや丑満うしみつ
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)