とう)” の例文
わたくし三浦みうらとついだころは五十さいくらいでもあったでしょうが、とう女房にょうぼう先立さきだたれ、独身どくしんはたらいている、いたって忠実ちゅうじつ親爺おやじさんでした。
そうこうしているうちに汽車に乗るはずの時刻はとうに過ぎた。絣姿の弟たちはステーションでさぞ待ちかねて不安でもいるのだろう。私は
突堤 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
何れの信仰でも雑多ざったな信者はある。世界の信者が其信仰を遺憾いかんなく実現したら、世界はとうに無事に苦んで居るはずだ。天理教徒にも色々ある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
愛は与える本能をいうのだと主張する人は、恐らく私のこの揚言を聞いてわらい出すだろう。お前のいうことはとうの昔に私が言い張ったところだ。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
もうとうから寝たくてならないのだが、ポケットには酒瓶があるし、小屋の若者達にヴォトカをねだられるのも厭だった。韃靼人は病気で元気がなかった。
追放されて (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
その辺の心掛けは、とうからおしえて置いたつもりゆえ、格別、案じもせねど、また、何かと、このようなじじいでも、頼りになるときがあらばたずねて来るがよい
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「もうとうから氣がついていたんですが、あなたはどうもまるで熱に浮かされてらっしゃるようだ」
私はとうから知つてゐる。彼は南京の放送局からニユースを聴かうとしてゐるのだ。
北支物情 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
其樣そんことは、もうとうってゐる。婚禮こんれいことをばなんうてぢゃ? さ、それを。
「有難うございます。病気はもうとうから好いんでございますけれども——」
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
「要らん事を言ひなさるな、わしにはとうから妾宅はあるぢやないか。」
旅空でこんな歌を読んでいると、とうから旅にいるような気持ちだ。
田舎がえり (新字新仮名) / 林芙美子(著)
嵐はあらゆる追憶を殘してとう大往昔おほむかしに死んでしまつたらしい
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
そして震災のときはもうとうにそんなものなくなっていて、倉が立っていました。西村の祖母は安政の大地震を知っているのよ。
現界げんかいのおみやもよくできてるが、こちらのおみやは一そうんでるぞ。もうとう出来上できあがっているから、はいまえに一そなたを案内あんないしてくといたそうか……。
原著者のツルゲーネフはとうに死んだ。然しルヂンは生きて居る。ナタリーも生きて居る。アレキサンドラも、ビカソーフも、バンタレフスキーもワルインツオフも生きて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「またそんなこと仰しゃったって僕は驚きはしませんよ」と、彼は暫く沈默してからやり返した、「僕はもうそんなことには、あいにくととうの昔から平氣になってるんですからね。 ...
松飾などはとう取退とりのけられて、人々は沈滞した二月を遊び疲れた後の重い心でものうげに迎えようとしていたが、それでも未だ都大路には正月気分の抜け切らない人達が、折柄の小春日和びよりに誘われて
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
お前は神人合一の教理がとうの昔から叫ばれているのを知らないのか。神は人間と対立しているようなものではない。実に人間のうちにあって働くべきものだ。人間は又神の衷にあって働くべきものだ。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
みんなは、とうから考えてた計画が計らず実現したというような気の入れかたで、相談はじめた。
ズラかった信吉 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
都でははれの春着もとうに箪笥の中に入って、歌留多会の手疵てきずあとになり、お座敷ざしきつゞきのあとに大妓だいぎ小妓のぐったりとして欠伸あくびむ一月末が、村の師走しわす煤掃すすはき、つゞいて餅搗もちつきだ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
しもあの子供こどもがなかったら、わたくしなどはとうむかしに……。
内務省なんかでも、この頃は実は実にうまくクビにしますよ。もとみたいに一どきにドッとは決してやらないんです。いつの間にかいない。おやと気がついたときはもうとうに引導を
舗道 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
金箔はもうとうに日本画の世界から消えて居ります。