しつ)” の例文
肉體の豊滿さを買はれて、素人から妾奉公に出た女が、無暗に玄人くろうとの眞似をして、しつつこく、脂つ濃く取廻すと言つたたちでせう。
「いやいやそうでない、よくご存知の筈である。しつこいようだが念のため、もういちど承りたい。あなたのご姓名は、何といいましたかな」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それから自分がしつこく紙と鉛筆で崖路の地図を書いて教えたことや、その男のかたくなに拒んでいる態度にもかかわらず
ある崖上の感情 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
それがこの通り消え細るまでにゃお上の仕打ちもずいぶんと思い切ってむごいにはむごかったが、片っ方も、またしつっこいとも執っこいもんじゃった。
「何が入つたんやろ、しつこいえな。どないしまほ。舌でねぶつて見まほか。」
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
「また何かそういって来る気でしょうね。しつい」
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しつこく呼びかけて来る声に向って眼をすえた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「實は、清太郎さんは、叔父さん——主人の六右衞門——にこの間から千兩の金を返して下さるやうにと、しつこくお願ひして居たのです」
「私もずいぶん多くの手先や同心にもけられたけれど、お前みたいな、しつッこい、根気のいい人間は、見たことがないねえ。恐れ入ったよ」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
日本橋の大店おほだなへ、請人うけにんの無いのを承知で住み込んだが、主人にしつこく口説くどき廻されて、思案に餘つて死ぬ氣になつた——と斯ういふんです。
ややもすると、眼のかたきに、すぐ忠盛を衆判にかけるような堂上たちのしつこい反目は、遠い、昇殿問題に起因している。
「あれはまことに始末の惡い男でな。お葉がこの家にゐる頃から、主人の妾とわかつてゐるのに、しつこく追ひ廻したやうで」
などと人数の中から喚いたが、所詮、かないそうもなく見えたので、何とか言いくるめて通ろうと、しつこく懸合っていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「飛んでもない、物のたとえだよ、俺は年増女と月賦の洋服屋は相手にしないことにして居るんだしつこくて叶わないからね」
笑う悪魔 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「ゆんべ、おじさんの所へ、おらが酒を持って行く時に、店で飲んでいた牢人があって、おじさんのことを、いやにしつこく訊いていたといったろう」
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次は主人の手から、鍵を受取つて、念入りに廻して見ましたが、矢張り言ふことを聽いてくれず、大きな錠は、しつこく沈默を守り續けるのです。
嘆願のおもむきは、到底、相かなわぬ儀なれば、無用にいたせと、とくと答えてつかわしたのに、その後も、二度三度と、しつこく書面を持たせて城門まで参るそうな。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そればかりでなく、私の女房の袖を引いて、しつこく附きまとひましたが、女房はなか/\堅固な女で、昔の許婚に白い齒も見せなかつたのでございます。
「だってネ、おらが、酒を取りにゆくと、店にもお客があったんだもの。——その酔っぱらいがね、また、おらをつかまえて、しつこくいろんなことを訊くんだ」
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
八五郎はしつこく追及します。平次の智惠の小出しを、少しばかりお品にお裾わけをしてやりたかつたのでせう。
でもなお、しつこく何か言いながら、馴々なれなれしげに寄って来る山伏なので、その厚顔あつかましさを叱るように、また
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お照さん——お照の阿魔あまで澤山ですがね。——色つぽくて脂切つて、しつこくて、慾が深いから、死ぬまで先生から離れやしません。その先生はもう五十五だ。
その雲間から折々かっと照りつける陽はまた脳膜のうまく麻痺まひさせるようなしつこさと強烈な光を持っている。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しつこく追ひ廻して居りましたが、納はあんな氣性で、伊三郎のやうな男は嫌ひだと言つて相手にもせず。
おまもりと称する小さい紙きれを、群集のひとりひとりに渡すたびしつこくいって聞かせるのだった。忽ち雪のかれたように、多勢の手に一枚一枚持ち去られてゆく。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しつこく呼び戻さうとしたのは、義理ある仲の父親の市之助で、母親の方は、決してうるさく申したわけではなく、肝腎の糸は、神樂坂かぐらざかの家へ歸らうともしないのだ
しつこいやつだな。いやしかし、この道誉とて妄念は捨てきれん。さほどにいうなら聞いてやろう。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
嗅ぎつけて、お染へしつこくからみついた佐太郎を、虎松に誘い出させて打ち殺させ、——虎松がこれを根に持って、乞食姿にも恥じずに、お染を口説き廻ると、油断を
郎党の多くは溺死し、義経は、こわれた船を引っ返したが、陸にはまた、しつこい敵が猛襲してきた。
日本名婦伝:静御前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
へいの節穴から、大肌脱ぎで化粧をして居る小夜菊を、しつこく覗くのがあるから、そつと表から廻つて脅かしてやると、それが何んと浪人の石澤金之助ぢやありませんか
秀吉もまた、そうしつこく根掘り葉掘りはしなかった。士をはずかしめずという程度である。大局からて無用なことは無用に附し、むしろ彼の気もちはべつな方へはたらいていた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彫物ほりものを見せて肌脱はだぬぎになつたり、蝠女ふくぢよとやらがお前にしつこくからみ付いたり、上州屋の周太郎が顏の火口を刺して居るのを見せたり、皆んなする事がわざとらしいぢやないか
男が、なおしつこく、くり返して、すすめると、彼は、やにわに、石を拾って、ほうりつけた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
仲が好いと言ひ度いけれど、あの氣性のお才さんと、敗けずおとらず鼻つ張りの強い私と、仲が好いわけはない。それに、この家の總領の弟に、しつこくからみついてゐることを
そしてしつこい野伏たちの襲撃も、人家の軒が接している宿駅のなかではさすが行われず、疲れはてた仲時以下の者も、篠原ノ宿では、ほっと一ト休みもなしえたかと思われる。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
靜まり返つた土藏の中、その四本の足の踏み出す、特別のリズムが、しつこくくり返されます。
こわらしい、しつこい眼は、酒の力を借りて、なお老公へいいつづける。いやからみ出してくる。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それはマナ板にのせられた一個の白い女体が、あの異常な閨技けいぎをほこる主君のうでに、思うさま分解され変質されているような光景を彼のあたまにしつこく染めていたのだった。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「冗談ぢやありませんよ、あつしもあれほどしつこく女にからまれたことはありませんよ」
その生酔いの今切藤五が、しつこく、一方の同僚を、説きつけようとするものらしい。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それが、その一向他愛も無いんで、手を變へ品を代へ、しつこく惡戯をするが、誰の仕業とも見當はつきませんよ、兎も角も、主人の徳右衞門をつけ狙つてゐる者のあることは確かで」
この宴席からいくらも隔ててない壁の外、木蔭、床下など、ことごとく柴田の手により剣槍飛弓がかくされているのではあるまいか。そしてしつこく秀吉の怒髪どはつを誘っているのではなかろうか。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「丹波屋の隱居が天狗に貸しでもあつて、あんまりしつこく催促さいそくしたんだらう」
と、こんどは、市十郎をとり巻き、どうしても、返さないと、しつこくひきとめた。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次は何んかありさうな匂ひがするので、日頃にもなくしつこく追及しました。
銭形平次捕物控:311 鬼女 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
(いや、そのことなら、そので、当家の玄関へ、しつこくやって参りましたよ)
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
曾てお通の眼をねらった曲者——尼姿のお通をしつこく追い回した男——それが、お通の羽織を着た、娘お照を、匕首で刺したかも知れない男でないと誰が保証するでしょう——梯子を降りながら
「いや、ずいぶん、しつこくお門を叩いて、さぞうるさく思われたでしょう」
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「え、猪之松さんですよ。あの人はそりやしつこいつたら、三年越し私を口説くどき廻して、時々は眼の色が變るんです。私はあの人の顏を見ると、いつかは手ごめにされさうで、氣味が惡いくらゐ」
「ま、しつこいね、この猫の干物ひものは。いいかげんにくたばっておしまいよ」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)