啾々しゅうしゅう)” の例文
高倉の宮の御謀議おんくわだてむなしく、うかばれない武士もののふたちの亡魂が、秋のかぜの暗い空を、啾々しゅうしゅうと駈けているかと、性善坊は背を寒くした。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
祖母の妖怪話が頭にみついているせいか、どこかで啾々しゅうしゅうとして鬼がいているといったような、屋の棟三寸下るといったような
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
離ればなれの乾雲丸と坤竜丸が、家ののきも三寸下がるという丑満うしみつのころになると、啾々しゅうしゅうとしてむせび泣く。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
経文を唱える俊恵の声は啾々しゅうしゅうたる鬼哭きこくを思わせる、しばらくすると七兵衛が呟くようなこえでそれに和し、村人たちもそっとそれにつけだした、他聞をはばかりながら
荒法師 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
はるかに瞰下みおろす幽谷は、白日闇はくじつあんの別境にて、夜昼なしにもやめ、脚下に雨のそぼ降る如く、渓流暗に魔言を説きて、啾々しゅうしゅうたる鬼気人を襲う、その物凄ものすごわむ方なし。
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
女を生めばなお比隣ひりんに嫁するを得、男を生めば埋没して百草にしたがう。君見ずや青海のほとり、古来白骨人の収むるなし。新鬼は煩寃はんえんし旧鬼は哭す。天くもり雨湿うるおうて声啾々しゅうしゅうたり。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
大笑たいしょうの奥には熱涙がひそんでいる。雑談じょうだんの底には啾々しゅうしゅうたる鬼哭きこくが聞える。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
とき建安十九年十一月の冬、天もかなしむか、曇暗許都の昼を閉じ、枯葉の啾々しゅうしゅうと御林にいて、幾日も幾日も衙門がもんの冷霜は解けなかった。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
啾々しゅうしゅうと近づき、啾々と進んで、杖をバタリと置いた。濡鼠のたもとを敷いて、きざはしの下に両膝もろひざをついた。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かつて音楽などにたしなみをもたなかった伊兵衛は、その韻律がどれほどのものか分らなかったが、じかに胸へ訴えてくる啾々しゅうしゅうの音には、ほとんど心を戦慄させられるものがあった。
夜明けの辻 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
吉野のゆき霏々ひひ、奥州のあき啾々しゅうしゅうちまたにも、義経詮議の声のかしましく聞えてきた頃、誰やら、義朝の廟、南御堂の壁へ、こんな落書をしたものがある。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しょぼけ返って、うごめくたびに、啾々しゅうしゅうと陰気にかすかな音がする。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
最前のあの笛の音が、隙もる風のように、啾々しゅうしゅうと障子紙に泣きすがって来るようなのを聞いている間、賛之丞はお稲の膝から顔を上げなかったのである。
八寒道中 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここでは必然に、後鳥羽の鬼魂きこんともいえる啾々しゅうしゅうの松かぜに明け暮れのお誓いを吹きがれずにはいられなかった。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それを、じっとこらえて、ただ被疑者の弁解ですまして来たのは、伯父憲房の忠言にもよるが、高氏の胸に、かの啾々しゅうしゅうたる置文の声があったからである。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「一して、風を断てば、剣は啾々しゅうしゅうと泣くのだ。星いて、剣把けんぱから鋩子ぼうしまでを俯仰ふぎょうすれば、朧夜おぼろよの雲とまがう光のは、みな剣の涙として拙者には見える」
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
俄に、晩のような暗さを見てのせいか、昼のきりぎりすが啾々しゅうしゅうと啼き立ち、どこかでは遠雷鳴とおがみなりが、いよいよ空の形相を、具行の胸そのもののようにしていた。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
奔々ほんぽんひらめく川水は前方に見えるが、柿崎隊の大蕪菁おおかぶら馬簾ばれんや、中軍の中之丸旗、毘沙門旗びしゃもんきのいたずらに啾々しゅうしゅううそぶくばかりで、いつまで経っても馬すすまずへいわたらず
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
地の底から、啾々しゅうしゅうと泣く声に似ている。どこの嬰児あかごだろう? 内蔵助はすっかり醒めていた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
思いがけない人間の生血を土中に吸って喊呼かんこして歓ぶのか、啾々しゅうしゅうとと憂いて樹心がくのか、その巨幹を梢の先まで戦慄させ、煙のような霧風を呼ぶたびに、傘下さんかの剣と人影へ
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
秋の末——野は撩乱りょうらんの花と丈長き草におおわれていた。日もすでに暮れかけると、大陸の冷気は星をみがき人の骨に沁みてくる。啾々しゅうしゅうとして、夜は肌の毛穴を凍らすばかりの寒さと変る。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、おそる畏る封を除くと、紙質のちがった、べつの一書があらわれた。……と、故人の鬼魂きこんがそこらをめぐッて啾々しゅうしゅうと生き身に何かを訴えるようだった。——高氏は、指のふるえを禁じえない。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
黒風一陣、北斗は雲ににじんで、さんまた滅、天ただ啾々しゅうしゅうの声のみだった。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
啾々しゅうしゅう、秋の風に、星が白い。——幸いにも、夜だった。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)