分明ぶんみょう)” の例文
第一に突っ込んだ指をもって鼻の頭をキューとでたからたてに一本白い筋が通って、鼻のありかがいささか分明ぶんみょうになって来た。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
御覧になる思召おぼしめしもあられたので、上にはことのほか御落胆。死因をきわめて、ぜひともその理を分明ぶんみょうさせよとのお達しである。……それはそうと……
顎十郎捕物帳:09 丹頂の鶴 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
分明ぶんみょうに嶺松寺に葬る、または嶺寺に葬ると注してあるのは初代瑞仙、その妻佐井氏さいうじ、二代瑞仙、その二男洪之助こうのすけ、二代瑞仙の兄信一しんいちの五人に過ぎない。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
と自然に分明ぶんみょうしたから、細君はうれいてんじて喜とし得た訳だったが、それも中村さんが、チョクに遊びに来られたおかげで分ったと、上機嫌になったのであった。
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
一見分明ぶんみょうである、足許あしもとから山上までの直径の高さは、モン・ブラン以上である(移民時代の一愛山家は、「シャスタに登ってモン・ブランを笑ってやれ」と言った)
火と氷のシャスタ山 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
かつは六波羅飛脚とて、文書もんじょだけでは、詳しい分明ぶんみょうもおぼつかなきゆえ、さっそく心ききたる者二名を、京へつかわし、宮中御祈祷の御心みこころは何にあるか、事の真偽を
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
千々岩は分明ぶんみょうに叔母が心の逕路けいろをたどりて、これよりおりおり足を運びては、たださりげなく微雨軽風の両三点を放って、その顧慮をゆるめ、その萌芽ほうがをつちかいつつ
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
西を見れば、茶褐色にこがれた雑木山の向うに、濃い黛色たいしょくの低い山が横長く出没して居る。多摩川たまがわの西岸をふちどる所謂多摩の横山で、川は見えぬが流れのすじ分明ぶんみょうに指さゝれる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
其時に至り亡人なきひとの存命中、戸外に何事を経営して何人に如何なる関係あるや、金銭上の貸借は如何、その約束は如何など、詳細の事実を知らずして、仮令い帳簿を見ても分明ぶんみょうならず
新女大学 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
さまざまな手配をして、ようやく分明ぶんみょうにしたのだといって
江木欣々女史 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
その模様で彼の悟り具合もおのずから分明ぶんみょうになる。愚図愚図してはおられん、猫だって主人の事だからおおいに心配になる。早々鈴木君をすり抜けて御先へ帰宅する。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして静かに諦聴たいちょうすると分明ぶんみょうにその一ツのザアッという音にいろいろのそれらの音が確実に存していることを認めて、アアそうだったかナ、なんぞと思ううち
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「図面がそろえば、一目で分明ぶんみょうしなければならないはずです。ど、どれ、お見せなさいませ……」とお蝶のもたらしたそれと、手許てもとにある半分とをつぎ合せて、二人が眼をこらし合っているらしく
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼オイッケン自身が純一無雑に自由なる精神生活を送り得るや否やを想像して見ても分明ぶんみょうな話ではないか。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分は少時しばらく立って見送っていると、彼もまたふと振返ってこちらを見た。自分を見て、ちょっとかしらを低くして挨拶したが、その眉目びもくは既に分明ぶんみょうには見えなかった。
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
最後さいごの勝負、遠駆とおがけのおりに、あの大鳥居おおとりいをめあてとしてけさせ、そうほう、その矢を持ちかえってくるとしたらどうであろうか。——とすれば、同時に遠矢とおや勝敗しょうはい歴然れきぜん分明ぶんみょういたすことになる
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
錬金術れんきんじゅつはこれである。すべての錬金術は失敗した。人間はどうしても死ななければならん事が分明ぶんみょうになった
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
流鶯りゅうおう啼破ていは一簾いちれんの春。書斎にこもっていても春は分明ぶんみょうに人の心のとびらひらいて入込はいりこむほどになった。
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
丁度二十余年前に当って居り、当時文化日に進みて、奢侈の風、月に長じたことは分明ぶんみょうであり、文時が奢侈を禁ぜんことを請うの条には、方今高堂連閣、貴賎共に其居をさかんにし、麗服美衣
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
というよりも、遠近の差等が自然天然属性として二つのものに元からそなわっているらしく見えた。結果は分明ぶんみょうであった。彼はしかりながら己惚おのぼれの頭をでた。耳を傾けながら、半鐘の音をんだ。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼女は事件が分明ぶんみょうになるまでじっと動かずに立っていようかと考えた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これが形容でないとするとその時の自分がいかに芋をうまがったのかがおのずから分明ぶんみょうになる。さて水音に驚いて、欄干らんかんから下を見ると、音のするのはもっともで、川の中に大きな石がだいぶんある。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この二種の製作家に主客しゅかく深浅の区別はあるかも知れぬが、明瞭なる外界の刺激を待って、始めて手を下すのは双方共同一である。されど今、わが描かんとする題目は、さほどに分明ぶんみょうなものではない。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)