伝法でんぽう)” の例文
旧字:傳法
欽之丞は、そんな伝法でんぽうな口をききます。腕はよく出来ますが、旗本の冷飯食いで、およつの園花とは、二年前からの深間ふかまだったのです。
芳年写生帖 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
どれもこれも、侍伝法でんぽう、大男で酒のみである。上の弥左と末の文蔵だけが、あまりけない。そのかわりに喧嘩がすきだ。
田崎草雲とその子 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こうしてお由は娘から忽ち姐御あねごへと変り、あられもない「白蛇のお由」と自分から名乗って伝法でんぽうを見習うようになったが、若いに似ずよく親分の世話をして
白蛇の死 (新字新仮名) / 海野十三(著)
小肥こぶとりに肥った、そのくせどこか神経質らしい歌麿うたまろは、黄八丈きはちじょうあわせの袖口を、この腕のところまでまくり上げると、五十を越した人とは思われない伝法でんぽうな調子で
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
むしろ伝法でんぽうな姿であって、しかもその身ごなしの柔軟さや、はにかみのために消えたそうな表情のういういしさは、たとえがたいほどなまめかしく、いろめいてみえた。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
絆纏はんてんのほか羽織はおりなぞは着ず伝法でんぽうなる好みにて中には半元服はんげんぷくの凄き手取りもありと聞きしが今は鼻唄の代りに唱歌唄ふ田舎いなかの女多くなりて唯わけもなく勤めすますを
葡萄棚 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
なんでも、その時の話に、おでんというひと伝法でんぽうな毒婦じゃなくって、野暮やぼな、克明な女だから、そういうふうにるっていったことだが——そうかも知れないね。
市川九女八 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「ようこそじゃあねえぜ。」と伊予之進は伝法でんぽうに砕けた調子で、「久しく他行たぎょうだったじゃあねえか。」
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
母親は若い時分には一寸見られたそうだから、其の頃ならさぞ伝法でんぽうで好かったかも知れぬが、もう今では色気が抜けて、形式ばかりで実質なき江戸児になり下って居る。
The Affair of Two Watches (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
着飾きかざった芸者たちがみがき上げた顔をびりびりするような夜寒よさむに惜しげもなく伝法でんぽうにさらして、さすがに寒気かんきに足を早めながら、ばれた所に繰り出して行くその様子が
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「いなせ」「いさみ」「伝法でんぽう」などに共通な犯すべからざる気品・気格がなければならない。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
対手が妙に生齧なまかじりの法律口調で話しかけるのを、こちらは、わざとさばけた伝法でんぽうな口のきようになって、四、五年前からの女との経緯いきさつを、その男には、口をし入れる隙もないくらいに
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
かねて習い覚えて置いた伝法でんぽう語彙ごいを、廻らぬ舌に鞭打むちうって余すところなく展開し、何を言っていやがるんでえ、と言い終った時に、おでんやの姉さんが明るい笑顔で、兄さん東北でしょう
服装に就いて (新字新仮名) / 太宰治(著)
いき伝法でんぽう市井しせいの風俗を好んで、父や兄にいくらやかましく云われても、はかまが嫌いで、着流しで出るといった風な彼だった。
柳生月影抄 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
顔立ちは綺麗な方で、色白で邪念のない笑いを一杯にみなぎらせながら、少し伝法でんぽうな調子でまくし立てるところなどは、腹の底からの結構人でなければなりません。
「大蛇の辰なんて人間はいねえんだろう」と芳造は伝法でんぽうな口ぶりで云った、「——そうじゃあねえのか」
枡落し (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その朝も芸者のちょいちょいらしい、黒繻子くろじゅすえりの着いた、伝法でんぽう棒縞ぼうじま身幅みはばの狭い着物に、黒繻子と水色匹田ひった昼夜帯ちゅうやおびをしめて、どてらを引っかけていたばかりでなく
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その芝居へ出てくる、葛城太夫かつらぎたゆうと、丁山ちょうざんという二人の遊女が、吉原全盛期の、おなじはり意気地いきじをたっとぶ女を出して、太夫と二枚目、品位と伝法でんぽうとの型を対立させて見せてくれた。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
お駒のようすに、だんだん伝法でんぽうなところが見えてくる。今に何をいい出して、地金じがねをあらわさないものでもないから、黙って見ていた磯五が、心配をはじめて、いそいで口をはさんだ。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「お前はだれだい。病人は何処どこの人だい」夫人が、にわかに伝法でんぽうな言葉を吐いた。
人造人間殺害事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
役者のこしらえを話さなくちゃ、筋の通しようはないじゃありませんか、——そのちょいと伝法でんぽうなのが、滅法界野暮ったい武家風の刺繍ししゅう沢山なお振袖か何かよろって、横っ坐りになって
伝法でんぽうな口調で、通勤にはツメ襟の堅い身なりをしていたがいなせな肌合いの人だった。
と、きびきびした伝法でんぽうな口調——が、その眼がひとたび、そこにすわっている狂女へ行くと、お多喜の説明を聞きながらと見こう見していた宗七、やにわに、愕きのあふれる声で叫んだ。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
しかし伝法でんぽうな、負けずぎらいな彼女も寄る年波には争われない。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
と、婆さんは伝法でんぽうな口を利いた。
東京要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
グチはいいが、新助、いかに店を仕舞しまった奥とはいえ、別人のようにガラリと変った今の伝法でんぽうな物言いぶりはどうしたものか。かたぎな小間物屋の奥で、親分という声がもう穏やかではありません。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)