たちま)” の例文
彼が新年の賀状を兄に送るや、たちまちその本色を顕わして曰く、「一度ひとたび血を見申さざる内は、所詮しょせん忠義の人もあらわれ申さぬかと存じ奉り候」
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
たちまちはたはたと跫音あしおと長く廊下にいて、先のにはあらぬ小婢こをんな夕餉ゆふげを運びきたれるに引添ひて、其処そこに出でたる宿のあるじ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
たちまち得たるが如くにして又乍ち失ひ、恍として身躬から其身の在る處を忘れ、一心不亂、耳目鼻口の官能も殆んど中止の姿を呈したる其最中に、突然家計鹽噌の急に促され
人生の楽事 (旧字旧仮名) / 福沢諭吉(著)
千歳の松も限りあればや昔の縁たちまち消えうせて木も枝もやけこがれさも物うげに立てるあはひに本堂のみ屹然として聊かも傷はざるは浪花堀江の御難をも逃れ給ひし御仏の力
かけはしの記 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
われらはまだぬくまらぬ臥床ふしどを降りて、まどのもとなる小机にいむかひ、烟草タバコくゆらすほどに、さきの笛の音、また窓の外におこりて、たちまち断えたちまち続き、ひなうぐいすのこころみに鳴く如し。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
おのれの妹に仕立てたる武智の姫君皐月さつきを人質にとられしため力及ばず「武智の姫はなんじの娘のつもりにて尼になす」と云ふ淀の方の言葉をきき「思ひおく事更になし」と、たちまち覚悟して自殺す。
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
あらせいとうの間には、露けき橄欖の葉を織り込めつ。高き青空と深き碧水とは、たちまち草木に遮られ、乍ち又一樣なる限なき色に現れ出づ。我がためには、物としてめでたく、珍らかならざるなし。
灯前影ヲとぶろフテ彷徨彳亍ほうこうてきちょくタリ。たちまチ声ノ中空ヨリ落ルモノアルヲ聞キ、窓ヲ推シテコレヲルニ、天くもリ月黒ク、鴻雁こうがん嘹喨りょうりょうトシテたちまチ遠ク乍チ近シ。ひそかニ自ラ嘆ズラク、ワガ兄弟三人幸ニシテ故ナシ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
銀缾ぎんぺいたちまち破れて 水漿すゐしやうほとばし
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼の全体は燃質にして組織せられたり、火気に接すればたちまち熖となる、その熖となるや鉄もとかすなり、金も鎔すなり、石も鎔すなり、かわらも鎔すなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
たちまち有りて、ほとばしれるやうにその声はつと高く揚れり。貫一は愕然がくぜんとして枕をそばだてつ。女はにはか泣出なきいだせるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
その理を案じそのはたらきを察し、たちまち得たるが如くにして又乍ち失い、恍としてみずからその身の在る処を忘れ、一心不乱、耳目鼻口じもくびこうの官能もほとんど中止の姿を呈したるその最中に
人生の楽事 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
四階の屋根裏には、エリスはまだねずと覺ぼしく、烱然けいぜんたる一星の火、暗き空にすかせば、明かに見ゆるが、降りしきる鷺の如き雪片に、たちまち掩はれ、乍ちまた顯れて、風に弄ばるゝに似たり。
舞姫 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
ルーテルの幼きや、胡弓を人の門口かどぐちに弾じて以てみずから給す、弾じ終りて家人の物を与えんとするや、彼れたちまち赤面してのがれ去れり。彼んぞかくの如く小心なる。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
すさまじき谷川の響に紛れつつ、小歇をやみもせざる雨の音の中に、かの病憊やみつかれたるやうの柱時計は、息も絶気たゆげに半夜を告げわたる時、両箇ふたりねやともしたちまあきらかに耀かがやけるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
四階の屋根裏には、エリスはまだねずとぼしく、烱然けいぜんたる一星の火、暗き空にすかせば、明かに見ゆるが、降りしきる鷺の如き雪片に、たちまち掩はれ、乍ちまた顕れて、風にもてあそばるゝに似たり。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)