丹青たんせい)” の例文
さて一同の目の前には天下の浮世絵師が幾人よって幾度いくたび丹青たんせいこらしても到底描きつくされぬ両国橋りょうごくばしの夜の景色が現われいづるのであった。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
これらの絢爛けんらんたる丹青たんせいのなみの中からわきおこる琴曲の音いろと、すべてがあまり美しくて、見る者はむしろ哀愁をおぼえるくらいだった。
日本婦道記:墨丸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
この方面の事をえて、秀吉が姫路へ帰って来たときは、もう九月となっている。木の香、丹青たんせいすべて新しき城に坐して、秀吉は初めて、こういった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
丹青たんせいの薄化粧を洗ひ落し、元の生地の眞珠色の肌にかへつて、紅の無い唇は、色を失つて蒼くさへ見えるのです。
ただまのあたりに見れば、そこに詩も生き、歌もく。着想を紙に落さぬとも璆鏘きゅうそうおん胸裏きょうりおこる。丹青たんせい画架がかに向って塗抹とまつせんでも五彩ごさい絢爛けんらんおのずから心眼しんがんに映る。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
其の後一五〇御廟みべう一五一玉もてり、一五二丹青たんせいゑどりなして、稜威みいづあがめたてまつる。かの国にかよふ人は、必ずぬさをささげて一五三いはひまつるべき御神なりけらし。
外の形はしきたりのものに過ぎないのですが、たび内に入れば四面の壁に幽冥ゆうめいの世界が、まざまざと丹青たんせいの筆に描かれているのです。それは既にこの世の絵ではありませぬ。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
それからその死骸を丸裸体はだかにして肢体を整え、香華こうげさん神符しんぷを焼き、屍鬼しきはらい去った呉青秀は、やがて紙をべ、丹青たんせいを按配しつつ、畢生ひっせいの心血を注いで極彩色の写生を始めた
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
遅れ咲きの八重やえざくらが、爛漫らんまんとして匂う弥生やよいのおわり頃、最愛の弟子君川文吾きみかわぶんごという美少人を失って、悲歎やるせなく、この頃は丹青たんせいの能をすら忘れたように、香をねんじて物を思い
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
我邦わがくにに来遊する外国の貴紳が日本一の御馳走と称し帰国後第一の土産話みやげばなしとなすは東京牛込うしごめ早稲田わせだなる大隈伯爵家温室内の食卓にて巻頭に掲ぐるは画伯水野年方みずのとしかた氏が丹青たんせいこらして描写せし所なり。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
ひろき窓の下鋪板しもゆかに達するまでに切り開かれたる、丹青たんせい目をくらましたりけん壁畫の今猶微かにのこれるなど、昔の豪華の跡は思はるれど、壁の下には石灰の桶いくつともなく並べ据ゑられ、鋪板ゆかには芻秣まぐさ
席は広間に設けられた、かけつらねた燭台しょくだいはまばゆいほど明るく、大和絵やまとえを描いた屏風びょうぶ丹青たんせいも浮くばかり美しかった。
日本婦道記:糸車 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
信長の声は、金碧きんぺき丹青たんせいかがやくうちにただ一つある墨絵の一室——狩野永徳かのうえいとくが画くところという遠寺晩鐘図えんじばんしょうずふすまをめぐらした部屋の上段から大きく聞えた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うけたまわり及びたる処によれば、呉家の祖先なにがしと申せし人、最愛の夫人に死別せしを悲しみ、そのしかばねの姿を丹青たんせいに写しとどめ、電光朝露の世の形見にせむと、心を尽して描きめしが
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それならば俺は一つその正反対の行き方でもって名を丹青たんせい竹帛ちくはくに垂れてやろう。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)