“かしん”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
家臣16.7%
河心16.7%
花心16.7%
花芯8.3%
何進4.2%
果心4.2%
下臣4.2%
仮寝4.2%
佳晨4.2%
佳辰4.2%
嘉心4.2%
河神4.2%
花晨4.2%
花神4.2%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
昔(むかし)からの傳(つた)へによりますと、垂仁天皇(すいにんてんのう)の時(とき)に、天皇(てんのう)の御弟倭彦命(おんおとうとやまとひこのみこと)が薨去(こうきよ)になつた際(さい)、その頃(ころ)貴人(きじん)が死(し)ぬと、家臣(かしん)などが殉死(じゆんし)といつて、お伴(とも)に死(し)ぬ習慣(しゆうかん)がありましたので
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
河舟(かわぶね)の小さなのが岸に繋(つな)いであった。豊吉はこれに飛び乗るや、纜(ともづな)を解いて、棹(みざお)を立てた。昔の河遊びの手練(しゅれん)がまだのこっていて、船はするすると河心(かしん)に出た。
河霧 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
清い、単純な、温(あたた)かな其花を見つめて居ると、次郎さんのニコ/\した地蔵顔(じぞうがお)が花心(かしん)から彼を覗(のぞ)いた様であった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
それは日輪の下に一つの花芯(かしん)をつつんで生命を愛(いとお)しみあう花弁の睦(むつ)みと違わない。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「国賊! 匹夫(ひっぷ)! おまえ達の滅亡も、決して長い先ではありませぬぞ。——ああ兄の何進(かしん)が愚かなため、こんな獣どもを都へ呼び入れてしまったのだ」
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
洛陽にある何進(かしん)は、先ごろ来、檄を諸州の英雄に飛ばして
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「フーム、では果心(かしん)先生には、鞍馬(くらま)の庵室(あんしつ)にも、おすがたが見えなかったか」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さ、このうえは果心(かしん)先生からおさずけの秘法(ひほう)をうけたまわろう
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「二三日(にさんち)一睡もせんので勤務中坑内仮寝(かしん)。郵便局で逢った女の夢を見る」
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
進歩党と保守党との間には多少の軋轢(あつれき)を免(まぬか)れなかったが、大勢の赴くところまた如何(いかん)ともすべからず、ついに明治二十二年我が帝国憲法は紀元節の佳晨(かしん)を卜(ぼく)して、国民歓呼の裡(うち)に発布せられた。
選挙人に与う (新字新仮名) / 大隈重信(著)
話の始まったのが九月末、一月間を置いて、十一月三日天長節の佳辰(かしん)に結婚してしまった。
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
其上、綱宗は品川の屋敷に蟄居(ちつきよ)して以来、仙台へは往かずに、天和(てんな)三年に四十四歳で剃髪(ていはつ)して嘉心(かしん)と号し、正徳(しやうとく)元年六月六日に七十二歳で歿した。
椙原品 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
河神(かしん)が来て、冴えた刃物で、自分の処女身を裂いても宜(よ)い、むしろ裂いて呉(く)れと委(まか)せ切つた姿態を投げた——白野薔薇(ばら)の花の咲き群れた河原のひと処
川 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
花晨(かしん)可なり、月夕(げっせき)可なり、午烟(ごえん)可なり、夜雨(やう)可なり、いづれの時か俳句ならざらん。山寺(さんじ)可なり、漁村可なり、広野可なり、谿流(けいりゅう)可なり、いづれの処か俳句ならざらん。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
中国では、牡丹(ぼたん)が百花(ひゃっか)のうちで第一だから、これを花王(かおう)と唱(とな)えた。さらに富貴花(ふうきか)、天香国色(てんこうこくしょく)、花神(かしん)などの名が呼ばれている。宋(そう)の欧陽修(おうようしゅう)の『洛陽牡丹(らくようぼたん)の記』は有名なものである。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)