“鮟鱇（あんこう）”の例文

「テヘッ。呆れて物が云えねえ。咽喉のビクビクが可哀相なら、引っくり返（けえ）った鮟鱇（あんこう）なんか見ちゃいられねえや。勝手にしやがれだ。ケッ……」

芝居狂冒険 (新字新仮名) ／夢野久作(著)

乃公は伯父さんを魚屋の店に吊してある鮟鱇（あんこう）と見立て、冗談半分に釣る積りで、口の辺（あたり）に鉤（はり）を下した。遠くでやる仕事だから、どうせ巧くは行かない。

いたずら小僧日記 (新字新仮名) ／佐々木邦(著)

若布（わかめ）のその幅六丈、長さ十五尋（ひろ）のもの、百枚一巻（ひとまき）九千連。鮟鱇（あんこう）五十袋。虎河豚（とらふぐ）一頭。大の鮹（たこ）一番（ひとつがい）。さて、別にまた、月の灘（なだ）の桃色の枝珊瑚一株、丈八尺。

海神別荘 (新字新仮名) ／泉鏡花(著)

桜内幸雄は、鮟鱇（あんこう）といったところだろう。桜内の胆が、鮟鱇の胆のようにおいしくたべられるのはいつだろう。

議会見物 (新字新仮名) ／佐藤垢石(著)

ね、躄魚（いざりうお）って云うのだよ。鮟鱇（あんこう）の類（たぐい）なのだ。彼奴（あいつ）は、ああして鰭の変形した足で以て、海の底を這うことも出来るのだよ。アア、あの嚢（ふくろ）みたいなものかい。

パノラマ島綺譚 (新字新仮名) ／江戸川乱歩(著)

しかし、お杉の来ているのを知らない二人も、お杉につれて、章魚（たこ）や、緋鯉（ひごい）や、鮟鱇（あんこう）や、鰡（ぼら）の満ちている槽を覗き覗き、だんだん花屋の方へ廻っていった。

上海 (新字新仮名) ／横光利一(著)

空地に向った右側は魚屋になって、店には鮟鱇（あんこう）を釣（つる）し、台板の上には小鯛（こだい）、海老（えび）、蟹（かに）。入口には蛤仔（あさり）や文蛤（はまぐり）の笊（ざる）を置いてあった。そこには藻（も）のむれるような海岸特有の匂（におい）があった。

春心 (新字新仮名) ／田中貢太郎(著)

「逸子、済まないが、仲通りの伊豆庄を起して、鮟鱇（あんこう）の肝か、もし皮剥（かわはぎ）の肝が取ってあるようだったら、その肝を貰って来て呉（く）れ、先生が欲しいといえばきっと、呉れるから——」

食魔 (新字新仮名) ／岡本かの子(著)

例えば、蟹だか蛸だか鮟鱇（あんこう）だか正体（えたい）の判らぬ魚を眼前（めさき）へ突き付けて、「さあ、之（これ）を旨（うま）く食わして呉（く）れ」と云われては、大抵の料理番も聊（いささ）か逡巡（たじろ）ぐであろう。況（いわ）んや素人の小生に於てをや。

飛騨の怪談 (新字新仮名) ／岡本綺堂(著)

貴様はつね／″＼鮟鱇（あんこう）と云う魚のようにぽかんと口を開けているから、砂が這入（はい）るのだ、もう此の上は生かそうと殺そうと勝手にせよと、散々悪口を申した揚句お手討ちに遇ったと申します

聞書抄：第二盲目物語 (新字新仮名) ／谷崎潤一郎(著)

いえ、生れて初めてだそうで、ひどく嫌がっていましたが、二人に笑われて我慢に食べたようです。でも、一と箸（はし）二た箸食い始めると、——こりゃとんだうまいや、鮟鱇（あんこう）そっくりだ——そんな事を

銭形平次捕物控：083 鉄砲汁 (新字新仮名) ／野村胡堂(著)

鮟鱇（あんこう）　八五・八六　一三・〇七　〇・一二　〇・九五

食道楽：春の巻 (新字新仮名) ／村井弦斎(著)

鮟鱇（あんこう）や小光が鍋にちんちろり

漱石氏と私 (新字新仮名) ／高浜虚子(著)

鮟鱇（あんこう）坊主（ぼうず）と、……唯今でも、気味の悪い、幽霊の浜風にうわさをしますが、何の化ものとも分りません。——

半島一奇抄 (新字新仮名) ／泉鏡花(著)

先刻（さっき）海底で鮟鱇（あんこう）を太古の怪物と見誤った様な、丁度あれに似た幻覚が、この島全体に満ち充ちている様な気がして、それ故に一層そこの景色が美しいのだとも思われるのです。

パノラマ島綺譚 (新字新仮名) ／江戸川乱歩(著)

「はんこうか、鮟鱇（あんこう）か知らんが、高知の城下から来たそうじゃ」

海神に祈る (新字新仮名) ／田中貢太郎(著)

その大（おおき）な腹ずらえ、——夜（よ）がえりのものが見た目では、大（でか）い鮟鱇（あんこう）ほどな燐火（ふとだま）が、ふわりふわりと鉄橋の上を渡ったいうだね、胸の火が、はい、腹へ入（はい）って燃えたんべいな。

多神教 (新字新仮名) ／泉鏡花(著)

ほかに鮟鱇（あんこう）がある、それだと、ただその腹の膨れたのを観（み）るに過ぎぬ。実は石投魚（いしなぎ）である。

貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) ／泉鏡花(著)

鮟鱇（あんこう）にしては少し顔がそぐわないから何にしよう、何に肖（に）ているだろう、この赤い鼻の高いのに、さきの方が少し垂れさがって、上唇におっかぶさってる工合といったらない

化鳥 (新字新仮名) ／泉鏡花(著)

けれども鰤（ぶり）ではたしかにない、あの腹のふくれた様子といったら、まるで、鮟鱇（あんこう）に肖（に）ているので、私は蔭じゃあ鮟鱇博士とそういいますワ。この間も学校へ参観に来たことがある。

化鳥 (新字新仮名) ／泉鏡花(著)

八幡様寄（より）の米屋に、米搗（こめつき）をしていた、渾名（あだな）をニタリの鮟鱇（あんこう）、鮟鱇に似たりで分かる。

式部小路 (新字新仮名) ／泉鏡花(著)

大きい鮟鱇（あんこう）が、腹の中へ、白張提灯（しらはりぢょうちん）鵜呑（うの）みにしたようにもあった。

海異記 (新字新仮名) ／泉鏡花(著)

やがて見ろ、脂の乗った鮟鱇（あんこう）のひも、という珍味を、つるりだ。

紅玉 (新字新仮名) ／泉鏡花(著)

やがて見ろ、脂（あぶら）の乗つた鮟鱇（あんこう）のひも、と云ふ珍味を、つるりだ。

紅玉 (新字旧仮名) ／泉鏡花(著)