“餘人(よにん)” の例文
新字:余人
それが僕(ぼく)の出身(しゆつしん)の學校(がくかう)なのです、四十幾歳(いくさい)の屈強(くつきやう)な體躯(からだ)をした校長(かうちやう)大島氏(おほしまし)は、四五人(にん)の教員(けうゐん)を相手(あひて)に二百餘人(よにん)の生徒(せいと)の教鞭(けふべん)を採(と)つて居(を)られます。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
恐入らせんとて大音に御城代所司代并に御老中の役宅にて喋々(べら/\)と饒舌(しやべり)し者は此席に居(ゐる)や罷出(まかりいで)よ吟味の筋ありと呼はれば山内は最前より餘人(よにん)に尋んより我に問ば我一言の下(もと)に越前を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
艇(てい)は幾度(いくたび)か艦(かん)の水線甲帶(すいせんかうたい)に碎(くだ)けんとしたが、漸(やうや)くの事(こと)で起重機(きぢゆうき)をもつて、我等(われら)十餘人(よにん)の乘(の)れるまゝ端艇(たんてい)が「日(ひ)の出(で)」の甲板(かんぱん)に引揚(ひきあ)げられた時(とき)には、はじめてホツと一息(ひといき)ついたよ。
それと長吉(ちようきち)聲(こゑ)をかくれば丑松(うしまつ)文次(ぶんじ)その余(よ)の十餘人(よにん)、方角(はうがく)をかへてばら/\と逃足(にげあし)はやく、㧞(ぬ)け裏(うら)の露路(ろぢ)にかゞむも有(あ)るべし、口惜(くや)しいくやしい口惜(くや)しい口惜(くや)しい、長吉(ちようきち)め文次(ぶんじ)め丑松(うしまつ)め
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
呉起(ごき)其(そ)の己(おのれ)を謗(そし)りし者(もの)三十餘人(よにん)を殺(ころ)して、東(ひがし)、衞(ゑい)の(六五)郭門(くわくもん)を出(い)で、其母(そのはは)と訣(わか)る。((己ノ))臂(ひぢ)を齧(か)んで盟(ちか)つて曰(いは)く、「起(き)、卿相(けいしやう)と爲(な)らずんば、復(ま)た衞(ゑい)に入(い)らじ」と。遂(つひ)に曾子(そうし)に事(つか)ふ。