颯々さつさつ)” の例文
うでをくんで背中をまるめている、あなたの緑色のスエタアのうえに、お下げにした黒髪くろかみが、颯々さつさつと、風になびき、折柄おりからの月光に、ひかっていました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
ランマンと花の咲き乱れた四月の明るい空よ、地球の外には、颯々さつさつとして熱風が吹きこぼれて、オーイオーイと見えないよび声が四月の空にはじけている。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
門前の松の根に休んでいますと、杉や松のこずえを渡る風は颯々さつさつの音を立てて、暑中も暑さを忘れます。人通りもありませんから、夜はよく出て涼みました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
颯々さつさつたる松の声、雨のごときしずくの音、依然として一とき前と少しも変りがありませんが、そこに千魂塚の白麻のぬのをかぶッていたお蝶の姿は見出せません。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「今晩は旧暦によりますと、霜月しもつきの十六日。夜の十時には月高くお裏山の公孫樹こうそんじゅにかかって、老梟寒飢ろうきょうかんきに鳴く。一陣の疾風雑木林を渡って、颯々さつさつの声あり」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
いま駅の前に一陣の突風が颯々さつさつと吹いているのであると見え、そこに植わっている鈴懸けの樹の小枝が風のまにまにユラユラと動いているのさえ認められた。
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
不吉の前兆のような、無気味なしずかさが、原っぱの上全体に押しかぶさって、夕靄が、威圧するように、あたりをめていた。そして颯々さつさつと雑草をなぎ黝黯あおぐろい風……。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
しのびで、裏町の軒へ寄ると、破屋あばらやを包む霧寒く、松韻颯々さつさつとして、白衣びゃくえの巫女が口ずさんだ。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
雨はこの時漸くれて、軒の玉水絶々たえだえに、怪禽かいきん鳴過なきすぐる者両三声さんせいにして、跡松風の音颯々さつさつたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
いつのまにか新春にいはるの日も昼をすぎて、行きついたその四ツ谷ご門あたりは飄々ひょうひょう颯々さつさつとめでためでたの正月風が、あわただしげに行きかわす中間小者折り助たちのすそを巻いて
そこには小舟をもやう棒杭一つ打ってあるでもなく、無人の浜辺には、ただ颯々さつさつと風に吹かれて五、六本の椰子やしの木が、淋しくこずえの葉を鳴らしているばかり、第一小舟すらないのであった。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
木枯こがらし颯々さつさつたりや、高樫たかがしに。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
「今晩は陰暦十一月十六日、夜の十時には月高くお裏山の公孫樹こうそんじゅにかかって、老梟寒飢ろうきょうかんきに鳴く。一じん疾風しっぷう雑木林をわたって、颯々さつさつの声あり。ちょうど手頃でございますぞ」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
颯々さつさつ。汗の毛孔は氷ってくる。歴史への感傷など、ふだんは、現実感に来ないが、峯高く、松さやぐ、塵界遠いここに立てば、やはり遊子の情みたいなものを、禁じえない。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
剃刀の刃は手許てもとの暗い中に、青光三寸、颯々さつさつと音をなして、骨をも切るよう皮をすべった。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
片側町かたかはまちなる坂町さかまち軒並のきなみとざして、何処いづこ隙洩すきも火影ひかげも見えず、旧砲兵営の外柵がいさく生茂おひしげ群松むらまつ颯々さつさつの響をして、その下道したみち小暗をぐらき空に五位鷺ごいさぎ魂切たまきる声消えて、夜色愁ふるが如く
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
かくて大沼おおぬまの岸に臨みたり。水は漫々としてらんたたへ、まばゆき日のかげも此処ここの森にはささで、水面をわたる風寒く、颯々さつさつとして声あり。をぢはここに来てソとわれをおろしつ。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
魔風にわか颯々さつさつ吹荒ふきすさみ、たきのごとくに
鬼桃太郎 (新字新仮名) / 尾崎紅葉(著)
あとは往来ゆききがばったり絶えて、魔が通る前後あとさきの寂たるみちかな。如月きさらぎ十九日の日がまともにさして、土には泥濘ぬかるみを踏んだ足跡もとどめず、さりながら風は颯々さつさつと冷く吹いて、はるかに高い処ではたきをかける。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とばかり、松のこずえ颯々さつさつと、清水の音に通って涼しい。
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)