頬冠ほおかむり)” の例文
野良着をつけると、善ニョムさんの身体からだはシャンとして来た。ゆるんだタガが、キッチリしまって、頬冠ほおかむりした顔が若やいで見えた。
麦の芽 (新字新仮名) / 徳永直(著)
西側の山路から、がさがさ笹にさわる音がして、たきぎをつけた馬を引いて頬冠ほおかむりの男が出て来た。よく見ると意外にも村の常吉である。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
庄三郎はそれから富士権現ふじごんげんの前へ往った。ほこらの影から頬冠ほおかむりした男がそっと出て来て、庄三郎にねらい寄り、手にしている出刃で横腹をえぐった。
南北の東海道四谷怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
毎夜頬冠ほおかむりして吉原よしわら河岸通かしどおりをぞめいて歩くその連中と同じような身なりの男があいも変らずその辺をぶらりぶらり歩いていたが
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それから二三日つと、彼は屋敷下を通る頬冠ほおかむりの丈高い姿を認めた。其れが博徒の親分であることを知った彼は、声をかけて無理に縁側に引張ひっぱった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
天水桶の陰に、しゃがんで、指先でなにかしきりに地面へ書いているのは、頬冠ほおかむりでよくはわからないが乾児こぶん勘弁勘次かんべんかんじ。十三夜の月は出でて間もない。
一本選り取って見たら、頬冠ほおかむりした親爺が包を背負って竹皮包か何かを手に提げて居るのであった。
車上の春光 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
万平は材木の隙間から飛退とびのいた。その隙間をジイッと睨んで腕を組んだ。芝居の事も何も忘れたらしく真青になって考え込んでいたが、そのまま鉢巻を解いて眉深まぶか頬冠ほおかむりをした。
芝居狂冒険 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
溜池ためいけ真中まんなかあたりを、頬冠ほおかむりした、色のあせた半被を着た、せいの低い親仁が、腰を曲げ、足を突張つッぱって、長いさおあやつって、の如く漕いで来る、筏はあたかも人を乗せて、油の上をすべるよう。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大家おおやさんは火鉢と茶道具とを運んで来て、にこにこ笑いながら、「何かいるものがありましたなら遠慮なくおっしゃい」と言って、禿はげ頭に頬冠ほおかむりをして尻をまくった父親の姿を立って見ていた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
長浜村まで出てみれば、盆踊が始まっている。浜の砂の上に大きなを作って踊る。男も女も、手拭の頬冠ほおかむりをして、着物の裾を片折はしょって帯にはさんでいる。たびはだしもあるが、多くは素足である。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
かんを開けば図はづ武家屋敷長屋の壁打続きたる処にして一人ひとりの女窓のほとりにたたず頬冠ほおかむりせし番付売ばんづけうりを呼止めて顔見世かおみせの番付あがなふさまを描きたり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
此の時長兵衛が頬冠ほおかむりしてきょろきょろとして来たが、伊右衛門を見つけた。
南北の東海道四谷怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
余の伯父はすぐれた大食家たいしょくかで、維新の初年こゝに泊ってうなぎ蒲焼かばやきを散々に食うた為、勘定に財布さいふの底をはたき、淀川の三十石に乗るぜにもないので、頬冠ほおかむりして川堤を大阪までてく/\歩いたものだ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
湊屋は頬冠ほおかむりを取って手を振った。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
色白く鼻の高いみことの面は貴族を代表し、手拭てぬぐい頬冠ほおかむりをした、口のまがった、目っかちのひょっとこは農夫、もしくは一般の人民の顔を代表したもの。
仮寐の夢 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
行灯の灯を浴びて大きな犬のような赤毛の猫が頬冠ほおかむりをして、二本の後肢で立ち、その足で調子をとりとり、前肢二本を手のようにって踊っていた。それはその邸に年久しく飼われている猫であった。
猫の踊 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
頬冠ほおかむりの頭をうな垂れて草履ぞうりぼと/\懐手ふところでして本家に帰った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
まず画面の下部に長き橋梁きょうりょうななめよこたはらしめよ、しかして淋しき夜駕籠よかご頬冠ほおかむりの人の往来ゆききを見せ、見晴らす水面すいめんの右のかたには夜の佃島を雲の如く浮ばせ
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そのすぐそばに泥まみれのモンペをはき、風呂敷で頬冠ほおかむりをした若いおかみさんが、頭巾をかぶせた四、五歳の女の子と、大きな風呂敷包とを抱えて蹲踞んでいたが
にぎり飯 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
頬冠ほおかむりの人肌寒はださむげに懐手ふところでして三々五々河岸通かしどおり格子外こうしそと
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)