錦紗きんしゃ)” の例文
しばらくすると、銀子のむっちりした愛らしい指に、サハイヤやオパルの指環ゆびわが、にわかに光り出し、錦紗きんしゃの着物も幾枚かえた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
掛け布団は近頃新調した、新しい錦紗きんしゃの布団でしたが、その下から毛布がはみ出して、だらりとカーペットの上へ垂れ下がっていました。
アパートの殺人 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
蚊がいますわ、と団扇うちわで払って、丸窓を開けて風を通して、机の前の錦紗きんしゃのを、背に敷かせ、黙って枕にさせてくれたのが。……
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
従妹いとこのお近は大島つむぎの小袖と黒繻子じゅすの帯を選み、常子はやや荒い縞の錦紗きんしゃめしの二枚がさねと紋附の羽織と帯とを貰うことにした。
老人 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それは三十二三の男と三十七八の女であったが、男は大島の着流しでステッキを突き、女は錦紗きんしゃづくめの服装をしていた。
法華僧の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
赤い錦紗きんしゃの着物の下に、不随意筋の運動めいた、柔かな中に円いくりくりした動きを持っていた。
溺るるもの (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
その上、暑苦しいのに錦紗きんしゃ縮緬の半コートまでも羽織はおっていた。首には金鎖きんぐさり、指には金の指環、調和はとれないが一眼見てどこかの貴婦人だと思わせるような服装だった。
鼠色の夏外套、鮮緑の錦紗きんしゃ。薄茶のスプリング・コオト。清新な麦藁帽子。ドルセイの濃厚な香気。そして爽かな夜気が冷え冷えと、濁って沈澱した昼の空気を澄まして行った。
(新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
朝顔の浴衣ゆかたを着せられ、錦紗きんしゃの訪問着を逆さにかけられた奈世の、世間の娘とは変わって電髪パーマをかけたことのない黒髪が、布団の上に豊かにって居た。婆やが顔の白布をとった。
(新字新仮名) / 富田常雄(著)
だがその上から引掛けに黒地に赤しぼりの錦紗きんしゃ羽織の肩がずっこけて居る。縫い直して上げようか、と考えながらお民は京子の歩行を熱心に見て居る。と京子はぴたりと停ち止まった。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
二人の息子は、体格と云い容貌と云いまるで瓜二つで、二人とも同じような白い蚊飛白かがすりの浴衣を着、同じような黒い錦紗きんしゃの兵児帯を締めている。名前はひろしみのる年齢としは二人とも二十八歳。
石塀幽霊 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
そして二種類にけて積んでいったが、その一方を例の鞄の中へていねいに入れ始めた。長襦袢ながじゅばんもあるし、錦紗きんしゃもあるし、おめしもあり、丸帯もあり、まるで花嫁御寮ごりょうの旅行鞄みたいであった。
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
黒と黄の斜めじまのお召しの着物に緑色の錦紗きんしゃの羽織を着ている。
宝石の序曲 (新字新仮名) / 松本泰(著)
「はい、錦紗きんしゃの風呂敷で松に鶴の模様がついております」
同時に、横の襖に、それは欄間らんまに釣って掛けた、妹の方の明石あかしの下に、また一絞ひとしぼりにして朱鷺色ときいろ錦紗きんしゃのあるのが一輪の薄紅い蓮華に見えます。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
月の光の工合ぐあいであろうか舟の周囲まわりは強い電燈をけたように明るくなって、女の縦模様のついた錦紗きんしゃのような華美はで羽織はおりがうすい紫のほのおとなって見えた。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ある小雨こさめのふる日、葉子は顔を作って、地紋の黒い錦紗きんしゃの紋附などを着て珍らしく一人で外出した。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
一叢ひとむらの嫁菜の花と、入交いりまぜに、空を蔽うた雑樹をれる日光に、幻の影をめた、墓はさながら、こずえを落ちた、うらがなしい綺麗な錦紗きんしゃの燈籠の、うつむき伏した風情がある。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かつて草葉そうようをかいてやると言って、葉子から白地の錦紗きんしゃの反物を取り放しにしているということから、あの人たちにはすでにそういった、有るところから取ってやるのが当然だという
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
右のむこうの隅には濃い髪を束髪そくはつにした女が錦紗きんしゃらしい羽織はおり背後姿うしろすがたを見せて、前向きに腰をかけていたが、その束髪にしたくしの玉が蛇の眼のように暗い中にちろちろと光って見えた。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
松島はすらりとしたせ形で、上等の上布がすり錦紗きんしゃ兵児帯へこおびをしめ、本パナマの深い帽子で禿はげを隠し、白足袋たび雪踏穿せったばきという打份いでたちで、小菊や品子を堅気らしく作らせ、物聴山ものききやまとか水沢の観音とか
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
しかし間もなく錦紗きんしゃの絞りの風呂敷包ふろしきづつみが届いて、葉子がそのつもりで羽織を着て、独りではしゃぎ気味になったところで、今夜ここで一泊したいからと女中を呼んで言い入れると、しばらくしてから
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
二枚がさねの友禅縮緬ちりめん座蒲団ざぶとんに坐っているお神の前で、土地の風習や披露目の手順など聞かされたものだが、夜になると、お神は六畳の奥の簿記台をまくらに、錦紗きんしゃずくめの厚衾あつぶすまに深々とせた体を沈め
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)