おぞ)” の例文
此處の歌は七首の聯作で、ほかの歌には、『後悔いむかもおぞの亞米利加』とあつたり、『罪をはや知りてあがなひまつれ亞米利加やつこ
愛国歌小観 (旧字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
冷たい時期の間は、おぞく寒い大気の中に、ありとあらゆるものは、端という端、尖という尖から、氷柱つららを涙のように垂らして黙り込んでいた。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
南無三なむさんわなにてありけるか。おぞくもられし口惜くちおしさよ。さばれ人間ひとの来らぬ間に、のがるるまでは逃れて見ん」ト。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
別してあきれたるはあるじの妻なり。彼はおぞましからず胸のをどるを覚えぬ。同じ思は二人がおもてにもあらはるるを見るべし。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
左に推させ、と右へ、捻ぢ回したる打擂すまひ本手てなみに、さしもたけたる須本太牛は、おぞ頑童わらべ放下ほかさるる猪児ゐのこごと地響ぢひびきして摚と仰反り倒れけり——と描写している。
越後の闘牛 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
かの手鍋下げてもといふ世の諺はあれど、真の愛はその人の名を成し、その身を立たしむるものてふことを。そなたの今の詞あらでは悟らざりし我の心のおぞましさよ。
葛のうら葉 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
見るもの障るもの、彼の心をいらつかせる種にならぬものはなかつた。淡海公の百年前に実行してしまつて居る事に、今はじめて自分の心づいたおぞましさを憤つて居る。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
此世の人のさま/″\を、何ともならばなれがしに斥け捨つるは卑しきやうなり、何とて尼にはなりたりけん、如何にもして女と共に経るべかりしに、おぞくも自ら過ちけるよ
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
貞之進も恐々こわごわ末席へ就いたが、あとで思うとあまり末席過ぎて両隣りが明いて居るため、かえって誰の目にも附くようで我ながらおぞましい、これにしても知己しりびとのひとりでも来ればと
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
……と言いつつ亭主の顔をきっと見れば、おぞや探偵と信じて得右衛門は有体に
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今まで秀子を輪田夏子だと気の附かなんだがおぞましい、秀子が夏子だと云う事は殆ど到る処に現われて居る、余は恋と云う妄念に目が眩み、是ほど明白な事実を見る事が出来なんだであろうか
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
あるは曲れる「」の角にいとおぞましき「慾」の牛
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
昨日きのふの羽根のたかぶりも、今はたおぞに痛はしく
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
さきにわがため命をすてし、阿駒おこま赤心まごころ通じけん、おぞくも爾釣り寄せられて、罠に落ちしもがれぬ天命。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
見るもの障るもの、彼の心をいらつかせる種にならぬものはなかった。淡海公の、小百年前に実行して居る事に、今はじめて自分の心づいたおぞましさが、憤らずに居られなかった。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
夫はいつも通りわたくしに寝鳥の肌ぬくい締め立てでもくわえて来て、私の朝飯に食べさそうと、目白あたりまであさり廻るうち、おぞくも狐師の七蔵に生捕りにされたのでございます。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
あなあはれおぞや亞米利加神風かむかぜかしこきことをは知らずやも (同)
愛国歌小観 (旧字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
昨日きのふの羽根のたかぶりも、今はたおぞに痛はしく
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
智識のすがたこれなめり、おぞしや、われら
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
さばれ爾が尾いまだ九ツにけず、三国さんごく飛行ひぎょうの神通なければ、つひにおぞくも罠に落ちて、この野の露と消えんこと、けだしのがれぬ因果応報、大明神の冥罰みょうばつのほど、今こそ思ひ知れよかし。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
ですが、じーっと見詰めていると、この永劫の死滅の姿そのものが、姿そのまゝで今や微かに息を吹き返し、おぞい眼を開きかけているように感じられて来るのはどういうわけでしょうか。気持の悪い。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
かぎりも波の搖蕩たゆたひに、眠るもおぞあざみがほ
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
かぎりも波の揺蕩たゆたひに、眠るもおぞあざみがほ
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
おぞなりや、うたげのくづれ
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
おぞなりや、うたげのくづれ
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)