逢魔おうま)” の例文
私は今でもうつつながら不思議に思う。昼は見えない。逢魔おうまが時からはおぼろにもあらずしてわかる。が、夜の裏木戸は小児心こどもごころにも遠慮される。
絵本の春 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
たそがれ、逢魔おうまの時というのであろう、もやもや暗い。塀の上に、ぼんやり白いまるいものが見える。よく見ると、人の顔である。
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
うす暗い夕方の逢魔おうまときに、猫がふらふらと起って踊り出したのであるから、異常の恐怖に襲われた彼は、もう何もかんがえている余裕もなかった。
半七捕物帳:17 三河万歳 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
お米の指が離そうともがく、抱えた両手の力は強い。折も悪く、早や逢魔おうまどきに近い九条づつみ、人通りも絶えている。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
逢魔おうまヶ時ときという海の夕暮でした。ぼくは電燈もつけず、仄暗ほのくらい部屋のなかで、ばかばかしくもほろほろと泣いてみたい、そんな気持で、なんども、そのあまい歌声をきいていました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
木々を吹きわたる夕風の音ばかり——逢魔おうまときのしずけさは深夜よりも骨身にしみる。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
一郎が夢のおつげを受けて石切場に行ったら、巻物が高岩の蔭に置いてあったんだとか、その時がちょうど日暮狭暗ひぐれさぐれ逢魔おうまときだったとか云ってね……又、そんな迷信を担がない連中は
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そこは逢魔おうまが時の薄やみの国であった。女体山脈のつづきかと思われたが、必ずしもそうではなかった。かれはそのとき、柔らかくて暖かいスロープに、足を投げ出してよりかかっていた。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
よく言う事だが、四辺あたりびょうとして、底冷いもやに包まれて、人影も見えず、これなりに、やがて、逢魔おうまが時になろうとする。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それはどういう事件かというと、毎日暮れ六ツ——俗にいう『逢魔おうまとき』の刻限から、ひとりの婆さんが甘酒を売りに出る。女のことですから天秤をかつぐのじゃありません。
半七捕物帳:30 あま酒売 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
昼から夜になろうとするそや彼、たそがれの頃を、俗に逢魔おうまが刻といって、物のが立つ、通り魔が走るなどといいなしているが、それよりもいっそう不気味な時刻は、むしろこの
わしに貸さい、の、あのや、燃えからまった車で、逢魔おうまヶ時に、真北へさして、くるくる舞いしてかさるは、わかい身にうないがいや、の、殿、……わしに貸さい。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いしげる笹の葉からよいやみが立ち昇って、山の手の逢魔おうまどき、森閑としている中に、夕餉ゆうげの支度に忠助が台所で皿小鉢をうごかす音——いつまで立っていても、いない喬さまが出てくるわけはない。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
今が逢魔おうまが時というのじゃ。どれ、早う戻りましょう。
平家蟹 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
……にもかかわらず、烏が騒ぐ逢魔おうまが時、さっと下した風も無いのに、杢若のその低い凧が、懐の糸巻をくるりと空に巻くと、キリキリと糸を張って、一ツ星に颯とれた。
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
逢魔おうまときという。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
同一おなじような芋※の葉をかぶっているけに、ものの縞柄しまがらも気のせいか、逢魔おうまが時にぼうとして、庄屋様の白壁に映して見ても、どれが孫やら、せがれやら、小女童こめろやら分りませぬ。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ちょっと立留まってのぞくようにするとな、ああ、灯がともれかけの暗さが来て、逢魔おうまが時や思うたらな、路之助はんののぼり沢山たんと、しんなり揃う青い中から、大き大き顔が出てな。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
勿論もちろんこの内にも、狐狸こりとか他の動物の仕業しわざもあろうが、昔から言伝いいつたえの、例の逢魔おうまときの、九時から十一時、それに丑満うしみつというような嫌な時刻がある、この時刻になると、何だか
一寸怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
氷店こおりみせ休茶屋やすみぢゃや、赤福売る店、一膳めし、就中なかんずくひよどりの鳴くように、けたたましく往来ゆききを呼ぶ、貝細工、寄木細工の小女どもも、昼から夜へ日脚ひあしの淀みに商売あきない逢魔おうまどき一時ひとしきりなりを鎮めると
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
逢魔おうまどきくらまぎれに、ひよいとつかんで、くうへ抜けた。お互に此処等ここらは手軽い。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
逢魔おうまヶ時を、あわただしく引き返して、もと来た橋へ乗る、と
海の使者 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)