もや)” の例文
大夫は右の手を挙げて、大拇おやゆびを折って見せた。そして自分もそこへ舟をもやった。大拇だけ折ったのは、四人あるという相図あいずである。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
船の支度が出來て、兩國の下にもやつたのは辰刻いつゝ(八時)少し過ぎ、結構な短册に下手つ糞な歌などを書いて居ると、お料理やお燗の世話を
あたりにもやっている大小の船がまだ半分夢を見ている中で、まず水の上へ活気をそそぎ入れるものは、その船頭たちの掛け声だ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
くわ煙管ぎせるで頑張り、岸から二、三段の桟橋、もやった船には客が二、三人、船頭はさおを突っ張って「さあ出ますよウ」と呶鳴どなる。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
近所は、港にもやった無数の廻船かいせんのように、ただぎっしりと建てんだ家の、同じように朽ちかけた物干しばかりである。
交尾 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
カフェ・ドラゴンと、泥船どろぶねが沢山もやっているお濠との間に、脊の高い日本風の家がある。ところがこの家の二階の屋根にすこしふくれたところがある。
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
暗い運河に舟がいっぱい、風を避けてお互いに身をすりよせるようにしてもやっていた。かなり大きなダルマ舟もある。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
「突きゃあしねえよ、何か舸脚ふなあしからんだようだぜ、兄哥あにき、俺が岩にもやっているからちょっと見てくんねえ」
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼等は一夜、丈なす雑草や短い刈込樹に蔽われた堤防のもとに舟をもやった。昼の力漕りきそうのために眠りが彼等に早くやって来た。そしてまだ暗いうちに眼が醒めた。
ふと岩蔭の窪みに、見馴れぬ船がもやっているのに気づいた。十トンぐらいの白色に塗られたスマートな船だ。
地図にない島 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
南風崎はえのさき、大村、諫早いさはやと通過する浜の黒々と濡れた磯の巖、灰色を帯びた藍にさわめいている波の襞、もやった舟のほばしらが幾本となく細雨に揺れながら林立している有様
「おっと! こりゃあ! いや、風にもいろいろあってな、吹けよ、川風、上れよ、すだれ、の風なんざあ粋だが——おい、庄太、手前、砂利舟は、しっかりもやったろうな。」
じつに、この横堀こそは、秋の隅田すみだに名物のあの土左衛門舟がともをとめるもやい堀なのです。
大川の浜町河岸はまちょうがしに近いある倉庫の岸にもやっていた伝馬船てんまぶねの船頭の女房が、舟のともから紐つきバケツをおろして、河水をんでいると、そのバケツの中へ、肘の所から切断された
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
古風な独木船まるきぶねもやっていた。しずかに上下へ揺れているのは、多少さざなみが立つのであろう。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
中にはもやった船に乗って、両手を挙げて、呼んだ方もござんした、が、うその時は波の下で、小雪さんの髪が乱れる、と思う。海の空に、珠のかんざしの影かしら、晃々きらきら一ツ星が見えました。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこには小舟をもやう棒杭一つ打ってあるでもなく、無人の浜辺には、ただ颯々さつさつと風に吹かれて五、六本の椰子やしの木が、淋しくこずえの葉を鳴らしているばかり、第一小舟すらないのであった。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
新堀といえば、新堀にはそのころ舟が幾そうも来てもやっていることがあった。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
灰色の大きな図体は鳴りをひそめた「戦闘艦」がもやっているように見えた。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
何しろお前はマストの林と、家の際にもやつてある船が大好きなんだから。
ここにもやひて 何かよぶ
短歌集 日まはり (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
「この時もお寿と一緒で、——お蔵前の山口屋が、二人をれて柳橋から船を出しました。両国の下へもやって、歌う、飲む、踊るの大騒ぎです」
その朝の河岸かしに近くもやってある船、黒ずんで流れない神田川の水、さては石垣いしがきの上の倉庫の裏手にしてある小さな鳥かごまでが妙に彼の目に映った。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
一番から八番まで、舟入りの掘割ほりわりが櫛の歯のようにいりこんでいる岸に、お江戸名物の名も嬉しい首尾の松が思い合った影をまじえて、誰のとも知らぬ小舟が二、三もやってあった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その蔭にちょっぴり人家の屋根がのぞいている。そして入江には舟がもやっている気持。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
南風崎はえのさき、大村、諫早いさはや、海岸に沿うて遽しくくぐる山腹から出ては海を眺めると、黒く濡れた磯の巖、藍がかった灰色に打ちよせる波、もやった舟のほばしらが幾本も細雨に揺れ乍ら林立して居る景色。
長崎の一瞥 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
屋根船の四、五艘は河岸にもやって上流紳士の出入りも繁く、ほろ酔い機嫌で芸者幇間に取り巻かれ、「御機嫌よう」と送り出す女将おかみの声を後に、乗り込む屋根船、二人船頭で景気よく浮かれだし
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
あの、風呂番の爺さんは、そのまま小雪さんをおぶい返して、何しろ、水浸しなんですから、すぐにお座敷へは、とそう思ったんでしょう。一度、あの松にもやった、別荘の船の中へ抱下だきおろしましたわね。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
水と窓との間はほんの三尺そこそこですから、船がもやっているのを、茶店の中の者が気が付かないはずはありません。
水と窓との間はほんの三尺そこ/\ですから、船がもやつて居るのを、茶店の中の者が氣が付かない筈はありません。
柳橋の下にもやつた船の中で、死骸になつて居るのを見付けた者があります、——大騷ぎでございました
小三郎さんはそれを知つてゐて、月に一度、船の都合では二た月に一度、五日の晩永代の近くにもやつてゐる浪五郎の船へ行つて、一と晩泊つて來るのを樂しみにしてゐるんです
小三郎さんはそれを知っていて、月に一度、船の都合では二た月に一度、五日の晩永代の近くにもやっている浪五郎の船へ行って、一と晩泊って来るのを楽しみにしているんです
「幸ひ薪割は少し外れて、お咲の肩をかすつて水の中へ落ちました。それツと船の中の者が立ち上がりましたが、兩國の橋架の欄間らんまもやつた船から、橋の上が見える道理はありません」
「驚いちやいけませんよ。兩國の人氣者、足藝のおもんの小屋の輕業師で、磯五郎といふ男が、柳橋の下にもやつた船の中で、船頭の金助と一緒に殺されて居るとしたら、どんなもので?」
小判のしおり辿たどって行くと大川端で、ここには幾そうとなく船がもやっております。
柳橋の下にもやつた船の中の騷ぎぢや誰も氣が付かないのも無理はないよ