紅殻べにがら)” の例文
旧字:紅殼
椿岳の泥画というは絵馬や一文人形いちもんにんぎょうを彩色するに用ゆる下等絵具の紅殻べにがら黄土おうどたん群青ぐんじょう胡粉ごふん緑青ろくしょう等に少量の墨を交ぜて描いた画である。
紅殻べにがら塗りのかまちを見せた二重の上で定規じょうぎを枕に炬燵こたつに足を入れながら、おさんの口説くどきをじっと聞き入っている間の治兵衛。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
夜を守る星の影がおのずと消えて、東の空に紅殻べにがらみ込んだ様な時刻に、白城の刎橋はねばしの上に騎馬の侍が一人あらわれる。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ようやくにして水面へ抜きあげ、手網にとって見た虹鱒、銀青色の横腹に紅殻べにがらを刷いたようないろどり、山の魚は美しい。
雪代山女魚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
監視人が付添って、よく赤いべべを着せるぞといったあの赤い、木綿をただ紅殻べにがらで染めたような獄衣を着て、ゾロゾロと外を歩いたことを憶えている。
故郷七十年 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「へい」というとふすまいた。炉べりに紅殻べにがら十手じってが置き放してある。暇にあかして磨きをかけていたのだろう、十手が燦然さんぜんと光ってみえる。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
剃刀を振ると、鼻梁はなばしらを横に切られた折助の一人が、ッと言ってかおを押える、紅殻べにがらのような血が玉になって飛ぶ。
判でも押し取るようにその紙切れを毒々しい紅殻べにがら染めのくちびるへ押しつけたと見えましたが、そこに古い紅跡と新しい紅跡が二つ並んで押されたのを知ると
あれは日向さんの別荘とその隣りにあった矢っ張紅殻べにがら塗りの古い外人別荘の二軒並んでいたのを買いとって、それを一つ敷地にしてあんなものを建てたのです。
朴の咲く頃 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
霧がすっきりとれて、前には笠ヶ岳の大尾根が、赭っちゃけた紅殻べにがら色の膚をあらわし、小笠から大笠へと兀々としたこぶが、その肩へ隆起している、遠くの空に、加賀の白山は
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
たれこしらへるものがて、それるらしい。破莚やれむしろうへは、あゐ絵具ゑのぐや、紅殻べにがらだらけ——ばあさんの前垂まへだれにも、ちら/\しものやうに胡粉ごふんがかゝつた。角細工つのざいく種々いろ/\ある。……
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
それを包む紙を「薬袋紙やくたいし」と呼びます。昔は色々の種類があったようですが、今一番沢山用いているのはこうぞ紅殻べにがらを入れた紙であります。落ちついた赤い色で、他では見かけません。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
紅殻べにがらが古びてい、荒壁のへいは崩れ、人びとはそのなかで古手拭のように無気力な生活をしているように思われた。喬の部屋はそんな通りの、卓子テーブルで言うなら主人役の位置に窓を開いていた。
ある心の風景 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
紅殻べにがらや、生死殻なましにがら
新頌 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
紅殻べにがらとんぼ
雨情民謡百篇 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
尾の端まで紅殻べにがらを刷いたように薄紅うすべにいろどりが浮かび、美装を誇るかに似て麗艶れいえんとなるのである。
楢の若葉 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
と、有りのままに答えると、石舟斎はたもとから少量の紅殻べにがらをふくませた打粉を取出して
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私は俥の幌の間からその狭い烏丸通りの両側に並ぶ家々を、東京では見ることの出来ない紅殻べにがら塗りの格子造りの構へを、「これが京都かなあ」と思つてなつかしくも物珍しくも眺めたことだつた。
青春物語:02 青春物語 (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
前はひどい紅殻べにがら塗りの小屋でしたが……
朴の咲く頃 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
やっとそこらの額風呂がくぶろの戸があいて、紅殻べにがらいろや浅黄のれんの下に、二、三足の女下駄が行儀よくそろえられ、盛塩もりじおのしたぬれ石に、やわらかい春のしかけるひる少し前の刻限になると
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)