かけい)” の例文
彼は部屋の隅にあるかめの水を汲んで、小坂部に飲ませてくれた。その水は天主閣の軒からかけいを引いて、天水を呼ぶのであると教えた。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
拝啓昨今御病床六尺の記二、三寸にすぎすこぶる不穏に存候間ぞんじそうろうあいだ御見舞申上候達磨儀だるまぎも盆頃より引籠ひきこも縄鉢巻なわはちまきにてかけいの滝に荒行中あらぎょうちゅう御無音ごぶいん致候いたしそうろう
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
私は何だか大槻に馬鹿にされたような気がして、言いようのない不快の感が胸をいて堪えがたいのでかけいの水を柄杓ひしゃくから一口グイと飲み干した。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
前には母屋へつづく庭がひらけ、うしろはずっと松林だった、厨にはその松林を通して引いたかけいから、絶えず清冽せいれつな水がせんせんと溢れていた。
日本婦道記:不断草 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
腰をななめにうつむきて、ひつたりとかのかけいに顔をあて、口をおしつけてごつごつごつとたてつづけにのみたるが、ふツといきを吹きて空をあおぎぬ。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
水田みずた、岡田、柳原と、一隊は粛々と進んで行った。飯山城下まで来た時である。右京次郎の股肱ここうの臣、かけい白兵衛は群を脱け、城の大手の門へ行ったが
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
其処にすこしばかり野菜をつくった畑があり、畑の向うに杉の林があって、其処からかけいの水を引いてあった。二人はその筧の水で足を洗って内へ入った。
轆轤首 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そこに、田舎の温泉場らしく湯のかけいが通っていた。熊笹の間には、龍胆りんどうの花が山気に濡れながら咲いていた。——
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
裏山の絶壁を真逆まさかくだかけいの竹が、青く冷たく光って見えた幾日を、物憂ものうへやの中に呻吟しんぎんしつつ暮していた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
台所は、この土間の片隅の暗いところにあって、そこにかけいで水を引いている家が多い。流しは、土間に直接おかれているので、台所仕事は、しゃがんだままでする。
北陸の民家 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
一時はかけい博士の「古神道大義」という私にはむずかしい本を熱心に読んだことも記憶にあるが、遂に私は日蓮聖人に到達して真の安心を得、大正九年、漢口に赴任する前
戦争史大観 (新字新仮名) / 石原莞爾(著)
「僕は駄目だな。いつまで経っても、僕は自分が水溜りのような気がするんだ。時に青空を映すことがあると云えばめ過ぎるかな。僕はかけいを流れる清水のような作品を書きたいのだが。」
前途なお (新字新仮名) / 小山清(著)
実はな今日新郡奉行かけい左太夫様のお役宅へ出たのじゃ。ところが、御奉行様の仰せらるるには、お上が今度の一揆に対しての御沙汰は恩威並びに行うという御趣意じゃと、こう仰せられるのじゃ。
義民甚兵衛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
仮繃帯かりほうたいの下から生々しい血汐ちしおにじみ出して私はいうべからざる苦痛を覚えたが、駅長の出してくれたかけいの水をグッと飲み干すとやや元気づいて来た。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
その寒い夕風に吹かれながら、お杉は裏手のかけいの水を汲んでいると、突然にかの黒ん坊があらわれた。彼は無言でお杉の手をひいて行こうとするのであった。
くろん坊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
主翁ていしゅじょちゅうが出て来てこのわかい旅人を愛想よく迎えた。婢は裏山から引いたかけいの水を汲んで来てそれを足盥あしだらいに入れ、旅人の草鞋擦のした蒼白い足を洗ってやった。
立山の亡者宿 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その築山の裾の間から、新しいこけをまとったところの、かけいが一本突き出されていたが、清らかの水が筧の口から、泉水の中へ流れ落ちて、細かい飛沫しぶきを上げていた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
原子力発電もよいが、どうも孔のあいたバケツに、遠くから、かけいで水を引いてくるような恰好である。まずバケツの孔を塞ぎ、手近な井戸の水を汲み込むことが、先決問題である。
科学ブームへの苦言 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
かけいの水はそのたらひに落ちて、あふれにあふれて、地のくぼみに流るる音しつ。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
兼好は独りで笑いながら机の前に戻ったが、やがて夜食の蕪雑炊かぶぞうすいでも焚く支度をするらしく、奥から土鍋と青い野菜とを持ち出して来て、庭のかけいの細い水を汲み始めた。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
庭の木立の隙を潜り泉水へ落ちるかけいの水を黄金色に染め上げてカッと縁までしていたが、そのすがすがしい光の中へ、つと紅巾を差し出すと綴目とじめの糸をブツリと切り
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
かのかけいの水のほとりには、もう野菊と紫苑しおんとが咲きみだれて、穂に出た尾花の下には蟋蟀こおろぎの歌が手にとるようである。私はかがんで柄杓ひしゃくの水を汲み出して、せめてもの思いやりに私の穢い手を洗った。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
その半腹はんぷくにかかりある厳角いわかどこけのなめらかなるに、一挺いつちようはだかろうともしたる灯影ほかげすずしく、かけいの水むくむくときてたまちるあたりにたらいを据ゑて、うつくしくかみうたるひとの、身に一糸もかけで
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
前庭の池に落ちる築山の水が、かけいから落ちる水のような、閑寂の音を立てているばかりであった。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
第八十四番にはかけい甚五右衛門というのが起って行った。つづいて順々に席を起ったが、どの人もかの怪しいものについて一言もいわないので、中原は内心不思議に思った。
百物語 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
山田のかけいの水とかや。——……
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
老鶯おいうぐいすが裏の林から時々のどかの声を洩らし、かけいの水がトコトコと池の中へ絶えず落ちている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
家のうしろにかけいがあると教えられて、叔父は顔を洗いに出た。
くろん坊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)