磨硝子すりガラス)” の例文
雛妓おしゃくの黄色い声が聞えたり、踊る姿が磨硝子すりガラスとおして映ったりした。とうとうおしまいには雛妓が合宿へ遊びに来るようになった。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
水の現れている所は美しく月に輝いているけれども、氷の張っている部分は、月の光が磨硝子すりガラスのように消されて了っている。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
入口は、やはりこの商売の常で磨硝子すりガラスの扉が閉されていた。床にもさけ目などは全然無かった。帳場の押入れまで係官の一行は調べたのである。
撞球室の七人 (新字新仮名) / 橋本五郎(著)
玄関には磨硝子すりガラスの格子戸が引いてあるが、これは後から取付けたものらしく、家はさながら古寺の庫裏くりかと思われるほどいかにも堅牢けんろうに見える。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
踊り場の中央には大きな磨硝子すりガラスが嵌めこまれてあって、下からの照明が、フット・ライトのように、その上で踊る男と女の裾を淡く照らしあげた。
金狼 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
それほどに強くない光でも永い間には案外の害を及ぼすから、灯光などでもなるべく裸火を廃して磨硝子すりガラスの玉ボヤのようなものをかけた方がよい。
話の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
向うの窓の磨硝子すりガラスからみ込む、月の光りに照らし出されたタタキの上は、大地と同様にシットリとして冷めたかった。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかしかかる単調な風物はあたかも箱のなかに押し込まれていて、その箱の上の磨硝子すりガラスから外をながめているようなもどかしい窮窟さをかんじてならなかった。
みずうみ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
三号室の前まで来ると、電気のついた磨硝子すりガラスの引戸へ大きな影をのめらして、ガラッと細目に引戸を開けた「怪我人」が、いぶかしげな目つきで人々を見送った。
三狂人 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
午前十時の陽が、磨硝子すりガラスをはめた五間ぶっとおしの窓一ぱいに照っており、とこの「平常心」と書いた無落款むらっかんの大きな掛軸かけじくが、まぶしいほど明るく浮き出している。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
入口に、磨硝子すりガラスの行燈が出ていて、それに「いらせられませ、たのしいルーム」と書いてあった。
色町洋食 (新字新仮名) / 古川緑波(著)
窓の磨硝子すりガラスをとほしてただ鈍い白色でしかないところのその一点を朦朧とみつめてゐるらしい。
あおげども見えないけれど、気球に溜った水滴が集って、上からおちてくるのであろう。が、なにしろなにも見えない。ゴンドラの中まで、磨硝子すりガラスへだてて見ているような調子だ。
空中漂流一週間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
男が半開きにした磨硝子すりガラスの窓には火焔の反映が薄赤く染っている。女は寝乱れた髪もそのまま、男と並んで半身を窓から出した。Xの森は窓から三丁ばかり離れた右手の方に在った。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
思わず身慄みぶるいするとき、早や池の水は岸近くから凍り始めて、家の影はいつか消え失せ、一面磨硝子すりガラスのようになる。同時にパレットの上の水が凍って絵具が溶けない。筆の先が固くなる。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
撞球室どうきゅうしつの入口のドアの上部の磨硝子すりガラスに明りがさして、球の音もかすかにれて来た。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
あの窓の磨硝子すりガラスが黄色い灯をにじませれば、与えられた生命に満足している人間を部屋のなかに、この通行人の心は想像するかもしれない。その幸福を信じる力が起こって来るかもしれない
冬の日 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
磨硝子すりガラスの上をフィルムが走って、それを裏から電灯で照しながら、拡大鏡で見る装置である。フィルムの走る速さは、ペタルの踏み加減で任意に調節出来るので、大変工合の良いものである。
映画を作る話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
かの夏かと思う昼過ぎのはげしい日の光はすっかり衰えて、空はどんよりといつでも曇っています。それは丁度広い画室の磨硝子すりガラスの天井でも見るよう。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
戸袋のすぐ横に、便所の窓の磨硝子すりガラスからおぼろな光のさすのに眼をうつすと、痩せたやもりが一疋、雨に迷う蚊を吸うとてか、窓の片側に黒いくの字を画いていた。
やもり物語 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その三方の壁に、黒い鉄格子と、鉄網かなあみで二重に張り詰めた、大きな縦長い磨硝子すりガラスの窓が一つずつ、都合三つ取付けられている、トテも要心ようじん堅固に構えた部屋の感じである。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
到頭たうとう私はソシアル・ダンスとあかい文字で出てゐる、横に長い電燈を見つけることが出来た。往来に面した磨硝子すりガラスに踊つてゐる人影がほのかに差して、ヂャヅの音が、町の静謐せいひつ掻乱かきみだしてゐた。
町の踊り場 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
曇った空は霧のような雨を降らして蒸暑い。ユーゼーン・コルナッシュ通りの群集は並木の緑と一緒に磨硝子すりガラスのような気体のなかに収まってにぎやかな影をぼかして居る。乗馬時間で通るものは馬が多い。
ドーヴィル物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
枕元に一間いっけんの出窓がある。その雨戸の割目われめから日の光が磨硝子すりガラスの障子に幾筋いくすじも細く糸のようにさし込んでいる。兼太郎は雨だれのひびきは雨が降っているのではない。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
私はその瓶を大切に抱えたまま、ソロソロと月明りの磨硝子すりガラスにニジリ寄った。窓のかまちに瓶の底を載せて、パラフィンを塗った固い栓を、矢張り袖口で捉えて引き抜いた。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
どこからともなくいわしを焼くにおいがして物干の上にはさっきから同じ二階のおもて座敷を借りている女が寐衣ねまきすそをかかげてしきりに物を干している影が磨硝子すりガラスの面に動いている。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そこは一方が押入れになっている天井の低い八畳位の北向きのへやで、取引所前の往来を見下した高さ四尺位の横一文字の一方窓に、真赤に錆びた鉄の棒と磨硝子すりガラスの障子が並んでいたが
鉄鎚 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
セメントの高土塀にもひのき作りの玄関にも表札らしいものが見えず、軒燈の丸い磨硝子すりガラスにも何とも書いてない。このうちだと思いながら私は前の溝川に架かった一間ばかりの木橋を渡った。
あやかしの鼓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)