真菰まこも)” の例文
旧字:眞菰
仲の町の両側に隙き間もなく積み重ねられた真菰まこもや蓮の葉には初秋の涼しい露が流れて、うるんだ鼠尾草みそはぎのしょんぼりした花の上に
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
真菰まこもの畳を敷いてませ垣をつくり、小笹の藪には小さな瓢箪と酸漿ほおずきがかかっていた。巻葉を添えた蓮の蕾。葛餅に砧巻。真菰で編んだ馬。
黄泉から (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
今でも覚えてゐる……そこにはがま真菰まこもが青い芽を出してゐて、杜若かきつばたなどが咲いてゐた。そこで、祖父はいつも鯰の煮たのか何かで酒を飲んだ。
迅雷 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
真菰まこも精霊棚しょうりょうだな蓮花れんげの形をした燈籠とうろうはすの葉やほおずきなどはもちろん、珍しくもがまの穂や、べに花殻はながらなどを売る露店が
試験管 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
彼女はほんとうに真菰まこもの中に咲く菖蒲あやめだった。その顔があどけなく愛くるしいように、気質きだても優しくて、貞淑だった。
愛の為めに (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
膳夫は振り向くと、火のついた鹿の骨を握ったまま真菰まこもの上に跪拝ひざまずいた。卑弥呼は後の若者を指差して膳夫にいった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
……もっと忘れ難いのは、潮来いたこ真菰まこもの中に船をつないで暮したあの時の四日ばかりのこと、お松ちゃんは、わしのはかまの血を洗って、ほころびを縫ってくれた
旗岡巡査 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山椒の葉を刻み込んだ醤油に浸してある鮒の身はまだ沢山残っていました。彼は北側をびっしり塞いである真菰まこもむしろの間からそっと川上を覗いてみます。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ふるくから人口に膾炙した俚謡に「潮来出島いたこでじま真菰まこもの中であやめ咲くとはしほらしや」というのがある。
植物一日一題 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
低味ひくみ畦道あぜみちに敷ならべたスリッパ材はぶかぶかと水のために浮き上って、その間から真菰まこもが長く延びて出た。蝌斗おたまじゃくしが畑の中を泳ぎ廻ったりした。郭公ほととぎすが森の中で淋しくいた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
舟は満々たる水の中をすべり行く。たちまち前後左右を真菰まこもで囲まれたかと思うと、一路が開けて、一水が現われる。不意に真菰のうらが騒ぎ出したかと見ると、菅笠すげがさが浮き出している。
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
池は五、六万坪あるだろう、ちょっと見渡したところかなり大きい湖水である。水も清く周囲のおかも若草の緑につつまれて美しい、なぎさには真菰まこもあしが若々しき長き輪郭を池に作っている。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
巣から離れた鮒は枯れた真菰まこもの根などを緩やかに移動しているから釣る人も鮒の遊ぶ場所を探りながら移動して行くのが面白い。竿は二間半から三間くらい、胴のしっかりしたものがいい。
巣離れの鮒 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
平助は仕方しかたなしに、村の人達をだましてやろうと考えました。そして、正覚坊へはよく言ってきかして、その晩二人で大きな石を沼の中に沈め、正覚坊は沼の岸辺きしべ真菰まこもの中に隠れました。
正覚坊 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
このさきいかにつづくであろうかのことしの苦労を語り、そして燈籠屋の、前にいったその、暗く、あかるく、月をうつしてまわるそれぞれの影の戯れは、真菰まこもを、ませがきを、蓮の葉を
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
美しい女のつまは、真菰まこもがくれの花菖蒲はなあやめ、で、すらりとむしろの端にかかった……
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
枯れた真菰まこも
極楽とんぼ (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
伝兵衛が覗いてみると、むぐら真菰まこもなどが、わらわらに枯れ残った、荒れはてた広い庭の真中に、路考髷を結い、路考茶の着物に路考結び。
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
二階の下には小さい枝川が流れていて、蘆や真菰まこものようなものが茂っている暗いなかに、二、三匹の蛍が飛んでいた。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
数羽の山鴨やまがもすずめの群れが柳の中から飛び立った。前には白雲を棚曳たなびかせた連山が真菰まこもと芒の穂の上に連っていた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
潮来いたこの出島に近い入江の深くに風を避け、真菰まこもの中に繋綱もやっていた醤油船はもう四日もここに泊っていた。
旗岡巡査 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
赤い毛布を敷いた軽く扁たい小舟に世俗の客と乗合って真菰まこもの岸を躑躅の花山に向うときには、葛岡もわたくしも幾分かこころの膨らみを取戻して参りました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
陸奥みちのくのあさかの沼の花がつみかつ見る人に恋やわたらむ」の花ガツミはマコモ、すなわち真菰まこもの花をしたもので、なんらこのハナショウブとは関係はないが
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
純真・可憐、そうしてときに快活な笑い、それはこのビルディング街の真菰まこもの中に咲く菖蒲あやめだった。近づく機会のもっとも多い西村商会の人々が煩悩をそそられたのは当然であった。
五階の窓:04 合作の四 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
日暮里にっぽり諏訪神社すわじんじゃの境内や、太田おおたが原の真菰まこもの池のそばで、はかない逢瀬おうせを続けていたのでございます
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
かれは真菰まこもに餅をつつんで来て、毎夕の食い物にしていたが、それがしばしば紛失するので、あるときそっと窺っていると、一匹の大きい蛇が忍び寄ってぬすみ食らうのであった。
卑弥呼はひじに飾ったくしろ碧玉へきぎょくを松明に輝かせながら、再び戸の外へ出て行った。若者は真菰まこもの下に突き立ったまま、その落ち窪んだ眼を光らせて卑弥呼の去った戸の外を見つめていた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
藪下やぶしたから根津神社へ抜ける広い原に、夏期なつば真菰まこもの生いしげる小さな沼がある。
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)