物蔭ものかげ)” の例文
このごろは大臣の夫人の内親王様も中将を快くお思いにならなくなったのに悲観して、今日も仲間から離れて物蔭ものかげで横になっていた。
源氏物語:06 末摘花 (新字新仮名) / 紫式部(著)
平次は八五郎を突飛ばすやうに、あわてて物蔭ものかげに身をひそめました。裏口が靜かに開いて、眞つ黒なものが、そろりと外へ出たのです。
と云ううちに交通巡査も、物蔭ものかげに隠しておいた自働自転車を引ずり出して飛乗った。爆音を蹴散けちらして箱自動車セダンの跡を追った。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
私は毎朝この青年の立派な姿を見るたびに、何ともいわれぬうらやましさと、また身のはずかしさとを覚えて、野鼠のねずみのように物蔭ものかげにかくれるのが常であった。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
ぬしは、いまくるか、いまくるかと、物蔭ものかげかくれて、見張みはっていますと、太郎たろうは、たか竹馬たけうまってあとからおおぜいの子供こどもれてやってきました。
竹馬の太郎 (新字新仮名) / 小川未明(著)
どこかのすみちぢこまっていて、彼はそいつが通るのを待ちかまえている。あらかじめこれという当てもなく、彼は耳を澄まし、いざという場合に、物蔭ものかげから現われ出ようというのだ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
何のために磯五についてそんな物蔭ものかげまで来てしまったのか、自分でもわからない気がしたが、そこなら、ちょっとした木立ちにさえぎられて、勝手口からも店のほうからも見えないし
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
のちのしるしにせばやと思いてその髪をいささか切り取り、これをわがねてふところに入れ、やがて家路に向いしに、道の程にてえがたく睡眠をもよおしければ、しばらく物蔭ものかげに立寄りてまどろみたり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ばらっと、物蔭ものかげをとび出した源次郎は、不意に、二人の前にあらわれて
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
中の君はそっと物蔭ものかげへ隠れてしまったのであったから、ただ一人床上に横たわっている総角あげまきの病女王のそばへ寄って薫は
源氏物語:49 総角 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ははねこは、ねこをなめて、いたわりました。そして今度こんどは、子供こどものあるおうちへつれてきました。やはり自分じぶんは、物蔭ものかげかくれて、ようすをうかがっていました。
ねこ (新字新仮名) / 小川未明(著)
先刻さっき、船を上った時から、絶えず物蔭ものかげから物蔭を伝わってけて来た旅合羽たびがっぱの男が、するりと、側へ、からむように寄り付いて来たかと思うと、いきなり、合羽の下に潜ませていた匕首あいくちを向けて
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次はそれを縛らうとする寅吉を無理に物蔭ものかげに連れて行つて
少将がくつろいでいる昼ごろに今ではかみの愛嬢の居室いまに使われている西座敷へ来て夫人は物蔭ものかげからのぞいた。
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「さあ、おまえは、あのおくさまのそばへいってごらん。」といって、ははねこは、ねこをいえなかれて、自分じぶんは、物蔭ものかげかくれて、ようすをうかがっていました。
ねこ (新字新仮名) / 小川未明(著)
で——立ち際に内蔵助は、物蔭ものかげへ、主税を呼んで、そっと云った。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
にちしろいぬがきて、ねこのごはんべていました。それを子供こどもたちはつけました。しろいぬは、すぐに物蔭ものかげかくれてしまったが、子供こどもたちは、ねこをらえて
小ねこはなにを知ったか (新字新仮名) / 小川未明(著)
しばらく物蔭ものかげに隠れてお聞きしていたいと思うが、そんな場所はあるだろうか。
源氏物語:47 橋姫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
物蔭ものかげから、このようすをていたうおがありました。そのうおたちは、ちいさなこえでささやいたのでした。
なまずとあざみの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
木立こだちも、ねむっていれば、やまにすんでいるけものは、あなにはいってねむっているであろうし、みずなかにすんでいるさかなは、なにかの物蔭ものかげにすくんで、じっとしているにちがいない。
ある夜の星たちの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)