“潮(ちょう)” の例文
宋の乾道(けんどう)七年、縉雲(しんうん)の陳由義(ちんゆうぎ)が父をたずねるために閩(みん)より広(こう)へ行った。その途中、潮(ちょう)州を過ぎた時に、土人からこんな話を聞かされた。
そんな時には常蒼(つねあお)い顔に紅(くれない)が潮(ちょう)して来て、別人のように能弁になる。それが過ぎると反動が来て、沈鬱(ちんうつ)になって頭を低(た)れ手を拱(こまね)いて黙っている。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
口々(くち/″\)に喚(わめ)き立てる野卑(やひ)な叫びが、雨の如く降って来るのを、舞台の正面に屹然(きつぜん)と立って聞いて居る嬢の顔には、微(かす)かに紅(くれない)が潮(ちょう)して来るようであった。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
小獅子は路(みち)へ橋に反(そ)った、のけ様(ざま)の頤(あぎと)ふっくりと、二(ふた)かわ目(め)に紅(こう)を潮(ちょう)して、口許(くちもと)の可愛(かわい)らしい、色の白い児(こ)であった。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
深山(みやま)の美玉都門(びぎょくともん)に入(いっ)てより三千の碔砆(ぶふ)に顔色なからしめたる評判嘖々(さくさく)たりし当代の佳人岩沼令嬢には幾多の公子豪商熱血を頭脳に潮(ちょう)して其(その)一顰一笑(いっぴんいっしょう)を
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
持ち前の猫背をいよいよ猫背にして、蒼(あお)い顔にやや紅(くれない)を潮(ちょう)した熱心な主僧の態度と言葉とに清三はそのまま引き入れられるような気がした。その言葉はヒシヒシと胸にこたえた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
と見れば常さえ艶(つや)やかな緑の黒髪は、水気(すいき)を含んで天鵞絨(びろうど)をも欺むくばかり、玉と透徹る肌(はだえ)は塩引の色を帯びて、眼元にはホンノリと紅(こう)を潮(ちょう)した塩梅(あんばい)、何処やらが悪戯(いたずら)らしく見えるが
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「これより先、磯山清兵衛(いそやませいべえ)は(中略)重井(おもい)、葉石(はいし)らの冷淡なる、共に事をなすに足る者に非(あら)ず」云々(うんねん)の所に至るや第三列に控えたる被告人氏家直国(うじいえなおくに)氏は、憤然として怒気満面に潮(ちょう)し、肩を聳(そび)やかして
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
文一郎が答はいまだ半(なかば)ならざるに、女は満臉(まんけん)に紅(こう)を潮(ちょう)して、偏盲(へんもう)のために義眼を装っていることを告げた。そして涙を流しつつ、旧盟を破らずにいてくれと頼んだ。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その小さい堅い結び目を解くのに彼女の指頭は紅(くれない)を潮(ちょう)し、そこを抓(つね)っているように見えた。やがて中から取り出された手紙の数々は、まるで千代紙のあらゆる種類がこぼれ出たかのようであった。
卍 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
紅(くれない)が両の頬に潮(ちょう)して、大きい目が耀(かがや)いている。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)