いわん)” の例文
自由党の名士だって左程偉くもない。いわんや学校の先生なんぞは只の学者だ、みんな降らない、なぞと鼻息を荒くして、独りで威張っていた。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
いわんや、三人、そこへ、ころころと昼寝なんぞは、その上、客も、芸妓もない、姉も妹も、叔母さんも、更に人間も、何にもない。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いわんや、金銭に恵まれない当時の書生生活では、無理とは知りつつ、二重三重に冒険味を加える登山プランしか立て得なかった。
登山は冒険なり (新字新仮名) / 河東碧梧桐(著)
いわんや更にこみ入った問題は全然信念の上に立脚している。我々は理性に耳を借さない。いや、理性を超越した何物かのみに耳を借すのである。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
斯くて「小田原城中群疑蜂起し、不和のちまたとなつて、兄は弟を疑ひ、弟は兄を隔て出けるに因て、父子兄弟の間もむつまじからず、いわんや其余をや」
小田原陣 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
いわんや爾は海外の小邦、高麗の附国、之を中国に比すれば一郡のみ。士馬芻糧万分に過ぎず。螳怒是れたくましうし、鵝驕不遜なるがごときだに及ばず。
岷山の隠士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
岐阜のあゆも有名ながら、わたしの口にはあゆ中の最高とはいえず、いわんや東京ではなおさらだめと知らなければならない。
鮎の名所 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
しかし、この厳顔が先に立って、我すらかくの如し、いわんや汝らをや——とさとしてゆけば、風をのぞんで帰順するでしょう
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いわんや、よく分らないながらも、重大な関係のあるらしい事件なのだから、私は貪るようにして、読みふけったのだった。
血液型殺人事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
しかしどうせパラドクスなら、もっとずっと突込んでやる余地があった筈だ、ひと皮は切ったがふた皮目み皮目には刃が届きかねた形だ、いわんや骨にをやだ。
このような辺鄙へんぴな新開町に在ってすら、時勢に伴う盛衰の変は免れないのであった。いわんや人の一生に於いてをや。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
いわんや私の眼の球の黒いうちはJ・I・Cの影法師でも二重橋橋下に近づけない覚悟でいる事が、万に一つでもJ・I・Cに伝わったとしたらどうであろう。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そうしたさもしい心の持主である上に、身体までが病毒に汚されて居たのですから、加藤家こそいい迷惑です。いわんや無邪気な友江さんは尚更なおさら可哀相なものです。
暴風雨の夜 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
いわんや鴎外漁史は一の抽象人物で、その死んだのは、児童のもてあそんでいた泥孩つちにんぎょうこわれたに殊ならぬのだ。
鴎外漁史とは誰ぞ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
いわんや予が生活を得るまでには猶少くも三四年は間があって、母の命八十を必し難しとすれば、予は自分の功名心や、遠い先の幸福などに望を掛けて、大きな考を起す暇がないのである
家庭小言 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
木村重成ら決死の出陣に香で身をくんじた人多く、甚だしきは平定文たいらのさだぶみ容姿言語一時に冠絶し「人の妻娘いかいわんや宮仕へ人は、この人に物いはれざるはなくぞありける」(『今昔物語』)。
善人尚もて往生を遂ぐいわんや悪人をや、とはこの崖であり、この崖は神に通じる道ではあるが、然し、星の数ほどある悪人の中の何人だけが神に通じ得たか、それは私は知らないが、そして、又
蟹の泡 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
いわんや藝術とはどんな物だか、ハッキリとした考えなんぞあるはずがない。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
いわんや世界的大盗アルセーヌ・ルパンなどとは。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「善人尚以て往生す、いわんや悪人をや」
賤民概説 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
いわんや我我の知ったことを行に移すのは困難である。「知慧ちえと運命」を書いたメエテルリンクも知慧や運命を知らなかった。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
いわんや私は犬好だ。じッとして視ては居られない。母の袖の下から首を出して、チョッチョッと呼んで見た。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
いわんやヒステリックな女にとっては堪えられぬほどのいら/\した気持を起させただろうと思います。
痴人の復讐 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
いわんやわたくしは日本の東京に於て偶然露西亜語を以て唱われた歌曲を聴いたのである。九月一日初日の夜の演奏はたしか伊太利亜の人ウエルヂの作アイダ四幕であった。
帝国劇場のオペラ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ましていわんや身内の邪気をや、払うに何んの手間暇いろう! 自己の邪念を払うとともに、対者を遠あてにあてて倒す、両様の徳を具備したのが、この十全の法なのである。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いわんや待望の雨となると、長屋近間の茗荷畠みょうがばたけや、水車なんぞでは気分が出ないとまだむかしのままだった番町へのして清水谷しみずだにへ入り擬宝珠ぎぼしのついた弁慶橋で、一振柳を胸にたぐって
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いわんや切れ物を振り回したり、傷を負わした事があるものか。少し不可解な事件が起こると、自分の無能を隠す為に、あれも無電小僧これも無電小僧と俺に責任を負わせるのはご免こうむると偉い剣幕なの。
ニッケルの文鎮 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
いわんや針の山や血の池などは二三年其処に住み慣れさえすれば格別跋渉ばっしょうの苦しみを感じないようになってしまうはずである。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
読んで分った所で、ファウストが何程どれほどの物だ? 技巧の妙を除いたら、果してどれ程の価値がある? いわんや友はあやふやな語学の力で分らん処を飛ばし飛ばし読んだのだ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
いわんや僕は既にわかくはない。感激も衰え批判の眼も鈍くなっている。たがゆるんでいる。
申訳 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ああ、汝、提宇子でうす、すでに悪魔の何たるを知らず、いわんやまた、天地作者の方寸をや。蔓頭まんとう葛藤かっとう截断せつだんし去る。とつ
るしへる (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
いわんや生ける人間に於てをや。肺結核癩病の類は血統を正せば僅に捜るの便ありといえども梅毒の有無に至っては鼻あるもあてにはならず。痳病の如何に及びてはこれを知る事更に難からん
偏奇館漫録 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
えがいて、醜悪絶類ならしむるものは画工のさかしらなり。わがともがらは、皆われの如く、翼なく、鱗なく、蹄なし。いわんや何ぞかの古怪なる面貌あらん。
るしへる (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
五分刈ごぶがりに刈った頭でも、紺飛白こんがすりらしい着物でも、ほとんど清太郎とそっくりである。しかしおとといも喀血かっけつした患者かんじゃの清太郎が出て来るはずはない。いわんやそんな真似まねをしたりするはずはない。
春の夜 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
墓地とはまた窮したね。成程あの墓地は気が利いていた。しかし僕はどちらかと云えば、大理石の十字架の下より、土饅頭どまんじゅうの下に横になっていたい。いわんや怪しげな天使なぞの彫刻の下は真平まっぴら御免だ。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)