柏手かしわで)” の例文
飯綱権現いいづなごんげんの社前へ一気に上って来ると、社の前に例の箱入りの名刀を供えて、二人ともかしこまって柏手かしわでを打ち、うやうやしく敬礼しました。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
蛭子えびす神社の大鳥居の前で、瞑目めいもくして、勿体もったいらしく、柏手かしわでをポンポン打っていた胡蝶屋豆八は、うしろから、軽く背中をたたかれた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
初蝉はつぜみの声が静かだった。ふだんはもうでる人も極めて稀な貴船山きぶねやま奥之社おくのやしろに、今し方、誰か柏手かしわでを打って拝殿のあたりから去って行く気配と思うと
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
上座かみざに坐ると勿体もったいらしく神社の方を向いて柏手かしわでを打って黙拝をしてから、居合わせてる者らには半分も解らないような事をしたり顔にいい聞かした。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
近年神道を興すとて瑣末な柏手かしわでの打ち様や歩き振りを神職養成と称して教えこみ、実は所得税を多く取らんために神職を増加し、その俸給を増さしめ
神社合祀に関する意見 (新字新仮名) / 南方熊楠(著)
やがて質素な式がはじまり、神酒みき、白米、野菜などが型のように故人の霊前に供えられると、禰宜の鳴らす柏手かしわでの音は何がなしに半蔵の心をそそった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
白木しらきの宮に禰宜ねぎの鳴らす柏手かしわでが、森閑しんかんと立つ杉のこずえに響いた時、見上げる空から、ぽつりと何やらひたいに落ちた。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
丁度十二月の三日の夕方でございます。薬師様のお堂へまいり、柏手かしわでを打ってしきりに母の眼病平癒を祈り、帰ろうといたしますと、地内じない宮松みやまつという茶屋があります。
しかし世俗にも神信心ということをする人もあれど、大てい心得違うなり。神前に詣りて柏手かしわでを打ち立て、身出世を祈りたり長命富貴を祈りたりするはみな大間違いなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
昨日見にまいり候折参詣人さんけいにん柏手かしわでつ音小鳥の声木立こだちを隔てゝかすかに聞え候趣おおいに気に入り申候。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ポンポンと二つ柏手かしわでを打った。それからしとやかにつまを取った。と、境内を出て行った。
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
思わずパンパンと太陽に向って柏手かしわでを打って礼拝するのである。
家庭の幸福 (新字新仮名) / 太宰治(著)
二つ三つ小さい柏手かしわでが鳴ります。何かの合図でしょう。
長は賽銭さいせんをあげ、鈴を鳴らして柏手かしわでを打った。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しのびの柏手かしわで
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
たれか見知らない者が二、三人礼拝しているし、通りかかりの旅の武士らしい老人がまた、いんぎんに笠を脱いで、娘とともに柏手かしわでを打っていた。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
静かに、合掌し、柏手かしわでを打った。その手の音が、しいんとした家の中に、不気味に、こだまする。猫が、ちょっと眼をさましたが、すぐに、また、ものうげに、眠ってしまった。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
鳥居をくぐると杉のこずえでいつでもふくろうが鳴いている。そうして、冷飯草履ひやめしぞうりの音がぴちゃぴちゃする。それが拝殿の前でやむと、母はまず鈴を鳴らしておいて、すぐにしゃがんで柏手かしわでを打つ。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
毎朝欠かしたことも無いように軽く柏手かしわでを打って、信心深い眼付で祈願を籠めるそのすがたを、捨吉は久し振で見た。何か心配あっての上京とは、お母さんを見た時一番先に捨吉の胸へ来た。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「ふふん」と笑った荻野八重梅、「人魂だろうと怖いものか! 浮世で怖いは金魂かねだまだあね。……それはとにかく、幹様の後生、ちょっと拝んで置こうかしら」ポンポンと柏手かしわでを打ったとたん
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
長は賽銭さいせんをあげ、鈴を鳴らして柏手かしわでを打った。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
いましがた拝殿の方で、柏手かしわでの音が聞えた。光秀以下、幕僚たちも揃って、神前へ願文がんもんめたものらしい。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
柏手かしわでを打って鈴を鳴らして御賽銭おさいせんをなげ込んだ後姿が、見ているにこっちへ逆戻ぎゃくもどりをする。黒縮緬くろちりめんがしわの紋をつけた意気な芸者がすれ違うときに、高柳君の方に一瞥いちべつ秋波しゅうはを送った。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
御霊様みたまさま」ととなえて、神棚だけ飾ってあった。そこへ実は拝みに行った。父忠寛は未だそのさかきの蔭に居て、子の遠い旅立を送るかのようにも見える、実は柏手かしわでを打って、先祖の霊に別離わかれを告げた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
吉次もうしろで、ぽんぽんと柏手かしわでを打った。音はいいが拝む真似事に過ぎない。胸に風を入れて
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)