らつ)” の例文
其日の夕方、与次郎は三四郎をらつして、四丁目から電車に乗つて、新橋へ行つて、新橋から又引き返して、日本橋へ来て、そこでりて
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
妻が南兵にらつし去られるのを目撃しつゝ、自分だけ、のがれてきた男があった。毛布、風呂敷包をかゝえて来る者。サル又と襦袢だけの者。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
個性の緊張は私をらつして外界に突貫せしめる。外界が個性に向って働きかけないうちに、個性が進んで外界に働きかける。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
褐色の池のぴたぴたとを立てる処、蔦の葉の山毛欅ぶなの幹にまとわる処、その空寂の裡に彼は能く神々をらつきたった。
法律は鉄腕の如く雅之をらつし去りて、あまつさへつゑに離れ、涙によろぼふ老母をば道のかたはら踢返けかへして顧ざりけり。ああ、母は幾許いかばかりこの子に思をけたりけるよ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
かれ老躯らうく日毎ひごと空腹くうふくから疲勞ひらうするため食料しよくれう攝取せつしゆするわづか滿足まんぞく度毎たびごと目先めさきれてるかれらつしてところみちびいてるのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
はじめて冠して、江戸に東遊し、途に阪府を経、木世粛もくせいしゆく(即ち巽斎である。)を訪はんと欲す。偶々人あり、余をらつして、まさに天王寺の浮屠ふとに登らんとす。
僻見 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
だが、一とたび消えてついに二度とは聞かれない声もあった。その声は何処にらつし去られたのであろうか。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
血と肉に縁のない概念の中へらつし去り曖昧化し、科学への御用的役割を務めるのは凡そ意味ない。
新らしき文学 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
けふまでに事柄のはかどつて来たのは、事柄其物が自然にはかどつて来たのだと云つても好い。おれが陰謀を推して進めたのではなくて、陰謀が己をらつして走つたのだと云つても好い。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
最早前後を顧慮するいとまとてもなく千登世をらつし去つたのであるが、それは合意の上だと言へば言へこそすれ、ゴリラが女を引浚ひつさらへるやうな慘虐な、ずゐぶん兇暴なものであつた。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
その部分の飛躍がかの女の交感の世界から或る人々をらつきたって、年齢の差別や階級性を自他共に忘れさせる——或る時期からの逸作は、かの女を妻と思うより娘のように愛撫あいぶ
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「あゝ行くよ行くよ。行つて酒でも飲むのだ。」彼は、気の抜けたやうに、呟きながら、芸妓達に引きずられながら、もう何の興味も無くなつた来客達の集まつてゐる方へらつせられた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
しばらおし問答の末彼はつひに満枝をらつし去れり。あとに貫一は悪夢の覚めたる如くしきり太息ためいきいたりしが、やがてん方無げにまくらに就きてよりは、見るべき物もあらぬかたに、果無はてしなく目を奪れゐたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
わが舌人ぜつじんたる任務つとめ忽地たちまちに余をらつし去りて、青雲の上におとしたり。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)