手提鞄てさげかばん)” の例文
よそ行着ゆきぎを着た細君をいたわらなければならなかった津田は、やや重い手提鞄てさげかばんと小さな風呂敷包ふろしきづつみを、自分の手で戸棚とだなからり出した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その時に私は、それが唯、黒いボックス革の手提鞄てさげかばんというだけで、中に何が入っているのか詳しく問い正しもしないまま直ぐに
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ひょいとズックの手提鞄てさげかばんのようなものを目に入れて、ずかずかと入っていって、突嗟とっさに旅行の決心をして、それを買い求めた。
晩夏 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
これは茶の間へ行く間に、教科書其他のはいっている手提鞄てさげかばんを、そこへ置いて行くのが習慣になっているからでございます。
二つの手紙 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
岸本と書記とが暗い静かな河景色を眺めながら話しているそばで、細君は女持の手提鞄てさげかばんひざに乗せて二人の話に耳を傾けた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と、そのとき、入口の戸をガラガラと乱暴にあけて、茶色のジヤケツを着た少年が手提鞄てさげかばんを持つてはいつて来ました。
(新字旧仮名) / 新美南吉(著)
彼れは器用に小腰をかがめて古い手提鞄てさげかばんと帽子とを取上げた。すそをからげて砲兵の古靴ふるぐつをはいている様子は小作人というよりも雑穀屋の鞘取さやとりだった。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それを聞くと、仏天青は、にわかに目を輝かせて、室の隅に置いてあった手提鞄てさげかばんを、卓子テーブルのうえに置いた。
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
手提鞄てさげかばん膝懸ひざかけ細捲ほそまきとを持って、停車場ステーションまで見送の小僧を一人つれて、ふらりと出ていって了った。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
すると床のゴムの敷物の隅に、小さな手提鞄てさげかばんが落ちているのに気づいた。無論芙蓉の持物である。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
必要と思うものを夫人につめてもらって手提鞄てさげかばんを持ってくるように命じた。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
昌子はいいようもなくがっかりした、抑えようもなく悲しい、裏切られでもしたような気持だった、右手に持っている手提鞄てさげかばんが急に重くなり、なが湯のあとのように体がだるくなるのを感じた。
四年間 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
もし気分がそのまま外に現われるとしたら自分の顔は半腐はんぐされの鬼婆おにばばのようなものだろう。彼女は興味を持って、手提鞄てさげかばんの鏡をそっとのぞいて見る。そこには不思議な娘が曲馬団きょくばだんの馬を夢みている。
売春婦リゼット (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
停車場ステーションを出るとすぐそこに電車が待っていた。兄と自分は手提鞄てさげかばんを持ったまま婦人をたすけて急いでそれに乗り込んだ。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
生命いのちに拘る大切なものをかくしているという黒い手提鞄てさげかばんを、是非とも楽屋から盗み出しておかねばならぬというので
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
端艇が浜へついたとき、かけわたされた船板から、四五人の男女が上陸して来たが、その中に旧式なパナマを冠つて、小さい手提鞄てさげかばん細捲ほそまきとをもつて、肥満した老人が一人こつちへ遣つて来た。
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
醫者いしやすこ呼吸器こきふきをかされてゐるやうだからとつて、せつ轉地てんちすゝめた。安井やすゐこゝろならず押入おしいれなか柳行李やなぎがうり麻繩あさなはけた。御米およね手提鞄てさげかばんぢやうおろした。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
四角い黒革の手提鞄てさげかばんと、薄汚ない畳椅子たたみいすを左右の手にひっさげていたが、あとから這入って来た看護婦が、部屋の中央まんなかに湯気の立つボール鉢を置くと、その横に活溌な態度で畳椅子を拡げた。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
手提鞄てさげかばんなどをげて、普通の人間の如く平気で出歩いた。時には病院をける事さえあった。帰って来ると裸体ぱだかになって、病院の飯をうまそうに食った。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
医者は少し呼吸器をおかされているようだからと云って、切に転地を勧めた。安井は心ならず押入の中の柳行李やなぎごうり麻縄あさなわを掛けた。御米は手提鞄てさげかばんじょうをおろした。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)