微禄びろく)” の例文
旧字:微祿
『笑い事ではござらぬ。まだ微禄びろくだし、何の御奉公いも現しておらぬ故、遠慮申しているが、何ぞの折に、めとろうと考えておる』
濞かみ浪人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お役を勤めて、ごおんを報じるなどは、栄達を求める微禄びろくはいに任せておけばよろしいのだと思うが、ご貴殿のお考えは、どうありましょう
無惨やな (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
四十親仁おやじで、これの小僧の時は、まだ微禄びろくをしません以前の……その婆のとこに下男奉公、女房かかあも女中奉公をしたものだそうで。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
微禄びろくなお鷹匠たかしょうだったのですが、お鷹匠といえばご存じのとおり、鷹を使って、将軍家がお鷹野へおこしになられたみぎり鷹先を勤める役目ですから
思うにこの家は今は微禄びろくして、昔のおもかげはないのであろうが、それでも私にはかえってこう云う人柄の方が親しみやすい。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「友三郎のところは今でこそあんなに微禄びろくしていますが、兎に角代々直参でございましたよ。いくら当世でも家柄ってことを考えなければなりませんわ」
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
角力は御贔負ごひいきさきがペシャンコになってしまっても捨てず、だんだん微禄びろくはしたが至極平和にくらした。
その頃は幕府瓦解がかいの頃だったから、八万騎をもって誇っていた旗本や、御家人ごけにんが、一時に微禄びろくして生活の資に困ったのが、道具なぞを持出して夜店商人になったり
梵雲庵漫録 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
小菊は親たちが微禄びろくして、本所のさる裏町の長屋に逼塞していた時分、ようよう十二か三で、安房あわ那古なこに売られ、そこで下地ッとして踊りや三味線しゃみせんを仕込まれ
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
はい/\七年以来このかた微禄びろくしまして、此様こんな裏長屋に入りまして、身上しんしょうの事や何かに心配して居りますのも、七年まえに父が東京へ買出しに出ましたぎり、今だに帰りませず
今更ことごとしく時勢の非なるを憂いたとて何になろう。天下の事は微禄びろくな我々風情がとやかく思ったとて何のたしにもなろうはずはない。おかみにはそれぞれお歴々の方々がおられるではないか。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「それもその通り、尋常では幸内が拙者に譲る気づかいもなし、拙者もまた、微禄びろくして、恥かしながらこの刀を譲り受けるだけの金が無い、それ故に少し荒っぽい療治をしてこの刀をぶんどった」
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
歌沢の師匠もやれば俳諧の点者てんじゃもやると云う具合に、それからそれへと微禄びろくして一しきりは三度のものにも事をかく始末だったが、それでも幸に、僅な縁つづきから今ではこの料理屋に引きとられて
老年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
旗本といえば歴乎れっきと聞えるが、幕臣山岡家は微禄びろくだし豊かでなかった。庭の草も茫々、障子の貼代はりかえも年に一度を二年越しに持たせたりしている。
剣の四君子:04 高橋泥舟 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
年月としつきを経っても取りに来ないところから、段々僕も微禄びろくして此の三千円があれば元の様になれるかと思い、七年経っても取りに来ないからよもやう取りにやアしまいと心得て
本年とってようやく二十六歳という水の出花で、まだ駆けだしの同心でこそあったが、親代々の同心でしたから、微禄びろくながらもその点からいうとちゃきちゃきのお家がらでありました。
郷里——秋田から微禄びろくした織物屋の息子ですが、どう間違えたか、弟子になりたい決心で上京して、私を便って、たって大野木宗匠を師に仰ぎたい、素願を貫かしてもらいたい、是非
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
むしろ、最後の日まで残ったこの顔ぶれを見ると、上級の侍よりは、微禄びろくの組に、真実に生きようとする者が多い。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それから取付とりついてこれだけになったのは存じて居りますし、また助右衞門のうちは其の金を失ってから微禄びろくいたして、今は裏家住うらやずまいするようになったが、可愛相かあいそうにと敵同志かたきどうしでございますが
……そこで一頃ひところは東京住居ずまいをしておりましたが、何でも一旦いったん微禄びろくした家を、故郷ふるさとぱだけて、村中のつらを見返すと申して、估券こけんつぶれの古家を買いまして、両三年ぜんから、その伜の学士先生の嫁御
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まだ光秀が時にも主にもめぐまれず、越前の朝倉家に客となって、訪う人もない浪宅に微禄びろくしていた頃、初めて門をたたいて、将来の希望を語りあった人こそ細川藤孝であった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、集まった召使たちは、その脇坂甚内が、まだ微禄びろくな時代から、水をにない、薪を割って、貧苦の中をつかえ通して来た者が、大部分だった。彼らはすでに今朝から主人の苦境を知っていた。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
微禄びろくなので、平常の貧乏は、岡崎にいても、城下で指折りのほうである。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここにいる微禄びろくの少壮な目付たちは、みな意外な顔をした。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)