大濤おおなみ)” の例文
と大空の雲、かさなる山、続くいただきそびゆる峰を見るにつけて、すさまじき大濤おおなみの雪の風情を思いながら、旅の心も身にみて通過ぎました。
雪霊記事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「ああ、あたしは……」と妖女は胸を大濤おおなみのように、はげしくふるわせた。思いがけない大きな驚きに全く途方とほうに暮れ果てたという形だった。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
敬太郎にはその意味がよく解らなかったけれども、何でも頭の上で大濤おおなみが崩れたような心持がして、幾分か顔が熱くなった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大濤おおなみのようなうねりを見せた収穫後の畑地は、広く遠く荒涼としてひろがっていた。眼をさえぎるものは葉を落した防風林の細長い木立ちだけだった。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
あんじるに信長には、今が逆境の谷底と見えた。おもしろや逆境。しかも相手は大きい。この大濤おおなみこそ、運命が信長に与えてくれた生涯の天機やも知れぬ。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
森の中の木々に大濤おおなみの渦を捲いて、ガサガサひどい音をさせる、遠くから見ると、大蛇おろちっているのかとおもう、かくて青々と心まで澄んだ水の傍まで来ては
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
暴風雨の前後に現われる雲の海は、表面が大濤おおなみのように荒れ狂って、非常に物凄い。それが落日の光に赤く焼けて、炎々と燃え立つ時などは全く凄美の極みである。
山の魅力 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
静かな、切れるようなめたい風の中で、碧玉へきぎょくのような大濤おおなみに揺られながらの海難……。
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
おお何というみごとさ! ギイギイとくさりきしる音してさながら大濤おおなみの揺れるように揺れているその上を、彼女は自在に、ツツツ、ツツツとすり足して、腰と両手に調子を取りながら
遊動円木 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
船艙では、破戸漢ごろつきどもが首をのばしてガルールの帰りを待っていたが、間もなく大濤おおなみがどっと船の横っ腹へ打衝ぶっつかって船体がはげしく揺れだすと、帆檣ほばしらがギイギイ鳴る。綱具が軋む。
しかしじっと耳を澄ますと、かつと金と触れ合う音、そうかと思うと岩にぶつかる、大濤おおなみのような物音が、ある時は地の下から、またある時は空の上から、かすかではあったけれど聞こえて来た。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
闇をいてと押寄せたる千丈の大濤おおなみ
片男波 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
部屋を出る時、振り返ったら、紺青こんじょうの波がくだけて、白く吹き返す所だけが、暗い中に判然はっきり見えた。代助はこの大濤おおなみの上に黄金色こがねいろの雲の峰を一面にかした。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二つに分け去られる大濤おおなみにのって、あぷあぷ溺れてゆくものは、ほとんどが、旧態の威力や、その遺物の未練に、世の推移をケタ違いに見ちがえておる人々です。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
口のはたに戯談じょうだんらしく微笑を見せながら、そういっているうちに、大濤おおなみがどすんどすんと横隔膜につきあたるような心地ここちがして、鼻血でも出そうに鼻のあながふさがった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
さて一方は長者園のなぎさへは、浦の波が、しずかひらいて、せわしくしかも長閑のどかに、とりたたく音がするのに、ただ切立きったてのいわ一枚、一方は太平洋の大濤おおなみが、牛のゆるがごとき声して
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
どうにかして見てやりたい。広場を包む万歳の声はこの時四方から大濤おおなみの岸にくずれるような勢で余の鼓膜こまくに響き渡った。もうたまらない。どうしても見なければならん。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それで男が慰めることばなんです。——真夜中の甲板かんぱんに帆綱を枕にしてよこたわりたる、男の記憶には、かの瞬時、熱き一滴の血に似たる瞬時、女の手をしかりたる瞬時が大濤おおなみのごとくに揺れる。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)