大山おおやま)” の例文
箱根の峠を越した後再び丹沢山たんざわやま大山おおやまの影響で吹き上がる風はねずみ色の厚みのある雲をかもしてそれが旗のように斜めになびいていた。
春六題 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「むむ。あんまり道草を食ったので、ちっとくたびれたようだ。意気地がねえ。おとどし大山おおやまへ登った時のような元気はねえよ」
半七捕物帳:14 山祝いの夜 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それから、大山おおやまいわお〕とか井上いのうえかおる〕とかいう如きは、左様さようの政治上の野心のある人でない。特に、大山の如きは政治の趣味すら持たれぬ様である。
昔四谷通は新宿より甲州こうしゅう街道また青梅おうめ街道となり、青山は大山おおやま街道、巣鴨は板橋を経て中仙道なかせんどうにつづく事江戸絵図を見るまでもなく人の知る所である。
丁々坊 またたというは、およそこれでござるな。何が、芝居しばいは、大山おおやま一つ、かきみのったような見物でござる。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大山おおやま登山の行者ぎょうじゃなどはお得意のものであった。行者を白い紙で拵え、山を、小さな、芝居の岩山のようなものにして、登山のさまを見るようにこしらえました。
ちはやぶる神の昔、大山おおやまつみのなせるわざにや。造化ぞうか天工てんこう、いずれの人か筆をふることばを尽さん、云々うんぬん
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それを元へ返して丹沢の山つづきを見ると、その尽くるところに突兀とっこつとして高きが大山おおやま阿夫利山あふりさんです。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
大山おおやまもうでの講中が、逃げるようにとおりすぎて行ったあとは、まださほど夜ふけでもないのに、人通りはパッタリとだえて、なんとなく、つねとは違ったけしきだ。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
丹頂のおくめを突き放して、十国峠の背を何処いずこともなく去った相良金吾は、その、転々した末に、この厚木から遠からぬ雨降山あふりやま大山おおやまの宿の行者宿に落着いていたのです。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
此の島は伊豆七島の内で横縦よこたて三里、中央に大山おおやまという噴火山がありまして、島内は坪田つぼた村、阿古あこ村、神着村、伊豆村、伊ヶ島村の五つに分れ、七寺院ありて、戸数千三百余
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
富士山の浅間せんげん神、白山の白山比咩しらやまひめ神、立山の雄山おやま神、伯耆大山の大山おおやま神、阿蘇山の阿蘇比咩神、鶴見岳の火男神・火売神・陸中駒ヶ岳の駒形神、磐梯山の石椅いわはし神、月山の月山神
山の今昔 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
桂川けいせん詩集』、『遊相医話ゆうそういわ』などという、当時の著述を見たらわかるかも知れぬが、わたくしはまだ見るに及ばない。寿蔵碑じゅぞうひには、浦賀うらが大磯おおいそ大山おおやま日向ひなた津久井つくい県の地名が挙げてある。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「江ノ島へ三度、大山おおやまへ一度」とおりうは続けていた
滝口 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
どうやら、大山おおやまの入口に、さしかかったようすです。
サーカスの怪人 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
両国辺の人たちが大山おおやま参りに出かけると、その途中の達磨だるま茶屋のような店で、お米によく似た女を見かけたと云うのですが、江戸末期のごたごたの際ですから
よんどころないから山県公自ら御やりなさいとか、大山おおやま公自ら御やりなさいとか、あるいは井上侯自ら御やりなさいとかいうものが起るべきであるけれども、起らぬ。
見送ると小さくなって、一座の大山おおやま背後うしろへかくれたと思うと、油旱あぶらひでりの焼けるような空に、その山のいただきから、すくすくと雲が出た、滝の音も静まるばかり殷々いんいんとしてらいひびき
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「あれ、富士山が——大群山おおむれやまが、丹沢山が、ひるみねが、塔ヶ岳が、相模の大山おおやま——あれで山は無くなりますのに——まあ、イヤじゃありませんか、大菩薩峠までが出て来ましたよ」
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ここに夕陽せきようの美と共に合せて語るべきは、市中より見る富士山の遠景である。夕日に対する西向きの街からは大抵富士山のみならずその麓につらな箱根はこね大山おおやま秩父ちちぶの山脈までを望み得る。
松方侯まつかたこう晩餐ばんさんに招かれて行きましたが、その席に大山おおやま樺山かばやま、西郷など薩州出身の大官連が出席しておられ、食卓に着きいろいろの話の中、当時のことを語られているのを聞いていると
もし向うに見える大山おおやま見たよなニューッと此方こっちへ出て居るのは何ですな
しかしながら始より国許へ立帰り候所存とては無之事これなきことに候間、東海道を小田原おだわらまで参り、そのまゝ御城下に数日滞在の上、豆州ずしゅうの湯治場を遊び廻り、大山おおやま参詣さんけい致し、それより甲州路へ出で
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)