塗籠ぬりごめ)” の例文
かの女は、良人にもだれにもおかさせない塗籠ぬりごめの一室をもち、起きれば、蒔絵まきえ櫛笥くしげや鏡台をひらき、暮れれば、湯殿ゆどのではだをみがく。
小さいが普請ふしんの良い塗籠ぬりごめが一つあり、廊下で母屋おもやに續いて、その母屋がまた、素晴らしい木口で、どつしりと四方をにらんでゐるのでした。
御病気を聞き伝えて御帳台のまわりを女房が頻繁ひんぱんに往来することにもなって、源氏は無意識に塗籠ぬりごめ(屋内の蔵)の中へ押し入れられてしまった。
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)
母屋もや塗籠ぬりごめのなかまで、邸じゅうを馳けまわって伜どもを探したが、国吉と泰博は下司の知らせで逸早く邸から逃げだし、きわどい瀬戸で助かった。
無月物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
一身の浮き沈みを放下ほうかして、そのようなまなこであらためて世の様を眺めわたしますと、何かこう暗い塗籠ぬりごめから表へ出た時のようにまなこえとして
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
その部屋は寝所の東に当り、侍たちの宿直の間とは反対の位置にあったし、あいだは塗籠ぬりごめになっているため、むろん往き来はできないようになっていた。
若き日の摂津守 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
くりやの夕暮、塗籠ぬりごめの二階、の子のたたずまい、庭の中というように、至るところに筒井は夫の呼吸を感じ、そのたびに少しきびしい声音こえになって筒井は胸の中でいった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
寺の寮々に塗籠ぬりごめを置いて、おのおの器物を持ち、美服を好み、財物を貯え、放逸の言語にふける、そうして問訊もんじん礼拝らいはい等は衰微している。恐らくは余所よそもそうであろう。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
玉川砂礫ざりを敷きたるこみちありて、出外ではづるれば子爵家の構内かまへうちにて、三棟みむね並べる塗籠ぬりごめ背後うしろに、きりの木高く植列うゑつらねたる下道したみちの清く掃いたるを行窮ゆきつむれば、板塀繞いたべいめぐらせる下屋造げやつくりの煙突よりせはしげなるけふり立昇りて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
湯島なるふるさとに来て見れば、表なる塗籠ぬりごめはいたう揺り崩され、屋根なりし瓦落ちつもり、壁の土と共に山の姿なせり。されば常に駕籠舁き入るゝ玄関めく方へ往かむこと難く、さりとてこゝにあるべきならねば、先づ案内あない
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
と伊那丸は立ちあがって、塗籠ぬりごめの出口の戸をおしてみると、はたしてかない。力いっぱい、おせど引けど開かなくなっている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
庭先には巨大なけやきが五六本、後ろは栗林を背負つて寺に續き、その間に母屋と小屋が二た棟、外に小さい塗籠ぬりごめが一つ、なか/\堂々たる家居です。
一身の浮き沈みを放下ほうかして、そのやうなまなこであらためて世の様を眺めわたしますと、何かかう暗い塗籠ぬりごめから表へ出た時のやうにまなこえとして
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
塗籠ぬりごめにある品々、とりわけ青年の身のまわりの物はすべて筒井が見ていて、筒井がいなければ一家の器物の一つを尋ねるに、全部の長持や箱、棚の中を捜さなければならなかった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
築地の上に千人、屋の上に千人、(これは物理的自然においては不可能であるが、心理的には可能である、)母屋のうちは女どもに守らせ、かぐや姫は塗籠ぬりごめに入れて嫗が抱いている。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
導かれて、ふたたび奥へ入ったが、そこは前の道場よりはまた奥で、塗籠ぬりごめといってもよい真四角で一方口の部屋だった。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大一番の海老錠えびじょうを外して、塗籠ぬりごめの扉を開くと、中は二重の板戸、それは手鍵一つで、わけも無く開きます。
黄金を浴びる女 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「——ここへは、許しなくば下僕しもべの者も参りませぬ。見らるる通り塗籠ぬりごめ一間ひとま、外にお声のもれることもない」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
青蓮院のひろい内殿は、どこかのかけひの水の音が、寒い夕風を生み、塗籠ぬりごめからは、黄昏たそがれの色が、湧いてくる。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
幾重にも、そこばかりを囲んで離れなかった捕手たちは、袋の中のものを抑えるような考えでいたが、やがて、塗籠ぬりごめの隙間から異臭のある煙が洩れだしたので
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
橋がかりへ出る口には幕が垂れているし、すみの奉行窓からかすかな明りはさしているが、塗籠ぬりごめのように仄暗い。そして一面の鏡だけが冷たい光をたたえている。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彦右衛門が手招きして、庫裡くりの一室へ連れて行った。塗籠ぬりごめ経蔵きょうぞうである。ゆっくりやすむがよいといたわって、男を中へ導くと、彦右衛門は外からじょうおろしてしまった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まさか妙齢の処女おとめが、馬に乗ってしち入れにも来まいに、一体なんだろうと立ち止まる者を残して、乗りすてた駒を塗籠ぬりごめさくつなぎ、美女と侍は暖簾口のれんぐちから戸のなかに消え込みました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
高い所に、角な切り窓が一つあるほか、明りの入る坪縁つぼえんもなくかよい廊もなかった。洞然どうぜんたる幾つかの箱部屋と荒土の塗籠ぬりごめである。これではどんな忍びの者も外部から御座ぎょざへ近づくことはできまい。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、次の間の塗籠ぬりごめへ身支度にかくれてしまった。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
塗籠ぬりごめの外では龍平。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
塗籠ぬりごめです。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)