前肢まえあし)” の例文
左の前肢まえあしを出すときには、左の肩肉がくりくりと動くし、次には右の肩肉がくりくりと動く。脇見などは殆んどしない、なにもかもわかっているのだ。
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
中入りアントラクトがすんで、穹門アルクから現われた『ヘルキュレス』の横っ腹を見ると、右の前肢まえあしのところに、誰れの仕業か、黒ペンキで大きな的が書かれてあった。
皿の底には、空想化された一匹の爬蟲類が逆立さかだちしていて、頭部と前肢まえあしが台になり、刺の生えた胴体がくの字なりに彎曲して、後肢あとあしと尾とで皿を支えている。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
と、すばらしく拡大された幼獣のなめらかな黒い頭と前肢まえあしふたつの鰭とが幕面の右下から匍いあがって来る。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
それがひとしきり通り過ぎたあとは、ちょっと往来がとだえて、日向ひなたの白犬が前肢まえあしをそろえて伸びをした。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
チョコナンと前肢まえあしをそろえて枕もとにすわりこんでいる玉は、どこからくわえてきたのか、小切れをふたつ……これを早く見てください! といわぬばっかりに
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
「その足跡は一つ一つ互い違いについているが、犬の足跡は、前肢まえあしの跡を後肢あとあしが必ず踏んでいるぜ」
豚はぴたっと耳をせ、眼を半分だけ閉じて、前肢まえあしをきくっと曲げながらその勘定をやったのだ。
フランドン農学校の豚 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
鼻でとびらを押し開けて這入はいって来て、ストーブの火照ほてりが一番よく当る場所を選んで、人間達の脚と脚の隙間すきまへ割り込み、前肢まえあしの上に首を伸ばしてぬくぬくと蹲踞うずくまった。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
せんのと、それから「種」のモデルの方が三つです。一つはって前肢まえあしを挙げている(これは葉茶屋の方のです)。一つは寝転んでいる。一つは駆けて来てまりじゃれている。
獏は哺乳類のうちの奇蹄目きていもくで獏科の動物だ。形はさいに似て、全身短毛をもっておおわれ、尾は短く、鼻及び上唇は合して短き象鼻ぞうびの如くサ。前肢まえあしに四、後肢に三趾を有す。
獏鸚 (新字新仮名) / 海野十三(著)
(この龍が、前肢まえあしにつかんでいる菊の花束、それが、マンであることを、お京は知らん)
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
犬はもう憤怒ふんぬに熱狂した、いましも赤はその扁平へんぺいな鼻を地上にたれておおかみのごとき両耳をきっと立てた、かれの醜悪しゅうあくなる面はますます獰猛どうもうを加えてその前肢まえあしを低くしりを高く
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
朝月あさづきは高くいなないて、あと足立ちになり、その明兵みんぺい前肢まえあしの間にだきこもうとする。
三両清兵衛と名馬朝月 (新字新仮名) / 安藤盛(著)
年老としとった興行師の一人は、禿げた頭を虎の口元へ持って往って、なめらしたり、ひげをひっ張ってみたり、虎の体の下へもぐって往って、前肢まえあしの間から首を出してみたり、そうかと思うと
虎媛 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
錦蛇にしきへびには違いないが、小さな前肢まえあしが生えていて、大蜥蜴おおとかげのようでもある。しかし、腹部は八戒自身に似てブヨブヨふくれており、短い前肢で二、三歩うと、なんとも言えない無恰好ぶかっこうさであった。
みんなはかわがわる、前肢まえあしを一本環の中の方へ出して、今にもかけ出して行きそうにしては、びっくりしたようにまた引っ込めて、とっとっとっとっしずかに走るのでした。
鹿踊りのはじまり (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
馬は前肢まえあしを駕籠に踏み込み、駕籠といっしょに転倒した。濛々もうもうと舞い立つ土埃がそれを包んだ。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
躍るように陽の照る庭さきに、一匹の大きな黒犬が、心得顔に前肢まえあしをそろえて見ている。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
清兵衛は起きようとすると、朝月は前肢まえあしを折って、近々と顔をおしつけるようにした。清兵衛は、その首にとりすがった。この光景を見た城兵たちは、むねをしめつけられて声もなかった。
三両清兵衛と名馬朝月 (新字新仮名) / 安藤盛(著)
ガベラの花弁のような優しい耳の垂れぐあい、白粉刷毛のようなちっちゃな前肢まえあし。ふんわりした額の巻毛。ピンとおっ立ったあの可愛らしい尻ッ尾。……ああ、なんという魅わしさシャルムでしょう。
葡萄蔓の束 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ここの処へただちょっとお前の前肢まえあし爪印つめいんを、一つ押しておいて貰いたい。それだけのことだ。
フランドン農学校の豚 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
くびじろも立停り、右の前肢まえあしを半ばあげたまま、じっとこちらを見ていた。
気の弱い牛ならば貧血を起こそうという慓悍ひょうかん無比の猛牛ぞろい、なかにも、マルセーユ代表のヘルキュレスというのは、当年満三歳の血気盛り、相手の前肢まえあしに角をからみ、とたんにやっ! と
あいつはふざけたやつだねえ、氷のはじに立ってとぼけた顔をしてじっと海の水を見ているかと思うと俄かに前肢まえあしで頭をかかえるようにしてね、ざぶんと水の中へ飛び込むんだ。
風野又三郎 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
それからいかにも退屈たいくつそうに、わざと大きなあくびをして、両手を頭のうしろに組んで、行ったり来たりやっていた。ところが象が威勢いせいよく、前肢まえあし二つつきだして、小屋にあがって来ようとする。
オツベルと象 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)