光景さま)” の例文
後に成って、反って大塚さんは眼に見えない若い二人の交換とりかわす言葉や、手紙や、それから逢曳あいびきする光景さままでもありありと想像した。
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
声のない気合い、張りきった殺剣さつけんの感がどこからともなくただよって、忠相は、満を持して対峙たいじしている光景さまを思いやると、われ知らず口調が鋭かった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その間を通っている一間はばの道を、武器を携えた甲冑武者と、縛られた無数の若者とが、物も云わずに歩いて行く光景さまは、一幅の地獄の絵巻物と云えよう。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
拍手の音清く響かし一切成就の祓を終る此所の光景さまには引きかへて、源太が家の物淋しさ。
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
逗子ずしにいた時、静岡の町の光景さまが見たくって、三月のなかばと思う。一度彼処あすこへ旅をした。
雛がたり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
若いつまや、幼い子供を連れて、箱根や日光へ行つた時の光景さまが描き出された。土産みやげたのしみにしながら留守るすをしてゐるものゝことが、しきりに考へられた。二年も居る下女の顏までが眼の前に浮び出た。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
大工業の光景さまなりと、 技師も出でたち仰ぎけり。
文語詩稿 一百篇 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
行先ゆくてにあたる村落も形をあらはして、草葺くさぶきの屋根からは煙の立ち登る光景さまも見えた。霧の眺めは、今、おもしろく晴れて行くのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
拍手かしわでの音清く響かし一切成就のはらいを終るここの光景さまには引きかえて、源太が家の物淋ものさびしさ。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
思いあまって我と我身をきずつけようとした娘らしさ、母に見つかって救われた当時の光景さま、それからそれへとお種の胸に浮んで来た。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
とても子供があるまいと言はれて居た豐田の小母さんは男の兒が生れたので、急に家の内の光景さまが變つて賑かに成つて來ました。
捨吉が友達と対い合って坐っているところから、眉の長い年とった祖母さんを中心にしたような家庭の内の光景さまがよく見える。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
こう話しているところへ、お仙も来て、名残なごり惜しそうに叔父の方を見たり、二階から見える町々の光景さまなどを眺めたりした。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
障子の嵌玻璃はめガラスを通して射し込む光線はその部屋の中を寺院おてらのやうに静かに見せて居る。そこは夫人の姉さんがまだ斯世に居た頃の居間の光景さまだ。
灯火 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
茶椀ちゃわんからはしまで自分々々の布巾ふきんで綺麗に拭くことも——すべて、この炉辺の光景さまは達雄の正座に着いた頃と変らなかった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
海から見たおか連続つづき、荷積の為に寄って行く港々——すべて一年前の船旅の光景さまを逆に巻返すかのようで、達雄に別れた時の悲しい心地こころもちが浮んで来た。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
谷の深さは、それだけでも想像されよう。海のような浅間一帯の大傾斜は、その黒ずんだ松の樹の下へ行って、一線に六月の空によこたわる光景さまが見られる。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そういう手合が、思い思いの旅舎を指して繭の収穫を運んで行く光景さまも、何となく町々に活気を添えるのである。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
眼に見えないところで節子が手帳でも取出して、此方こちらから知らせる町名番地などを書取る光景さまが想像せられた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
対岸に見える八重原の高原、そこに人家の煙の立ち登る光景さまは、殊に蓮太郎の注意を引いたやうであつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
額、唐紙、すべて昔の風を残して、古びた室内の光景さまとは言ひ乍ら、談話はなしるには至極静かで好かつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
私の話の中には、幾度いくたびか農家を訪ねたり、農夫に話し掛けたり、彼等の働く光景さまを眺めたりして、多くの時を送ったことが出て来る。それほど私は飽きない心地で居る。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それは胸を打たれるような光景さまでした。同じ奉公の身ですもの、何の心も無しに見てはおられません。私はもう腹立しさも口惜しさもめて、寂しい悲しい気に成ました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
停車場の方で、白い蒸気を噴出す機関車、けて歩く駅夫、乗ったり降りたりする旅客の光景さまなどは、その踏切のところから望むことが出来る。やがて盛んな汽笛が起った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そこは以前彼が直樹と一緒に一夏を送った座敷で、庭の光景さまは変らずにある。谷底を流れる木曾川の音もよく聞える。壁の上には、正太から送って来た水彩画の額が掛っている。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と主人が細君を呼ぶにも友達のように親しげなのは、基督教徒風の家庭の内部なか光景さまらしい。細君は束ねた髪に紅い薔薇ばらつぼみしているような人で、茶盆を持ってテエブルの側へ来た。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
岸本は以前の浅草の家から移し植えたはぎを根分けして、一株は久米に贈り、一株は谷中行の荷車の端に積んだ。古い家具なぞが動かされるたびに、見慣れた家の内部なか光景さまこわれて行った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
花の型のある紙を切地きれぢ宛行あてがったり、その上から白粉おしろいを塗ったりして置いて、それに添うて薄紫色のすが糸を運んでいた光景さまが、唯涙脆なみだもろかったような人だけに、余計可哀そうに思われて来た。
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
おせんが出たり入ったりした頃の部屋の光景さまが眼に浮ぶ。庭には古い躑躅つつじの幹もあって、その細い枝に紫色の花をつける頃には、それが日に映じて、部屋の障子までも明るく薄紫の色に見せる。
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この光景さまを笑って眺めていた高瀬は自分の方へ来た鞠子に言った。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
下座敷の内の見慣れた光景さまこわれて行った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)