亡父ちち)” の例文
長年の亡父ちちの遺言中にも“何事ニ依レ永観ニ談ゼヨ”とあるほどで、いわば一族の長老だが、とかくふだんは敬遠していた門なのである。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたしが陸奥みちのくの山里にいたころ、毎日毎日、歌日記をよこしてくれて、ある日、早いはぎの花を封じこめ、一枚の写真を添えて、この男を、亡父ちち
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
一空さまが、あんまり亡父ちちのことを根掘り葉ほりきくので、お高は、すこし不愉快になってきた。黙っていると、一空さまは、ひとり言のように繰り返した。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
しかし、その勘兵衛や又兵衛は、亡父ちちの話によれば、とうの昔に——二十年も以前まえに、世間から姿を消してしまった筈であった。しかるに、薪左衛門殿が、その有賀又兵衛だという。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「直ぐ行って来る。親を盗賊に為ることは出来ない。お前心配しないで待ておいで、是非取りかえして来るから」と自分は大急ぎで仕度したくし、手箱から亡父ちちの写真を取り出して懐中した。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
何かというと、それは銀いろをした一箇のかぎでした。亡父ちちの二官が公儀から役目の上に預かっていた切支丹きりしたん屋敷の官庫の鍵です。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お武家には何事につけても強い意志があると亡父ちちからもよく聞かされました。ましてお腰の物の張り合い、それをとやかく申してお心をにぶらせるお艶ではございません。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そういうことをすることによって、亡父ちちの悩みや悶えを体得したかったのである。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
亡父ちち孫堅から譲られて、常に肌身に護持しておるが、いつか袁術はそれを知って、この玉璽に垂涎すいぜんを禁じ得ないふうが見える。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
剣に鋭かった亡父ちちの気性を、弥生はそのまま恋に生かしているのかも知れない。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
智略縦横の人小早川隆景たかかげ沈勇才徳ちんゆうさいとくの人吉川元春きっかわもとはる。——こうふたりは亡父ちち元就もとなりの偉大な半面を公平に分け合って持っていた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とうとうその晩は、お咲のことや、安南絵の壺のことや、亡父ちち臨終いまわのことなどを考え出してマンジリとも眠れなかった。
醤油仏 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「まだ汝の亡父ちちを慰めてやれぬが、やがて呉の国に討入り、建業城下に迫る日は、必ず張飛の仇もそそがずにはおかぬ。張苞よ、悲しむなかれ」
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
亡父ちち良持の友人で、蔭ながら、将門の身に、非常な同情をもっていた菅原景行が、ある日、見舞に来て、将門の病状を見
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「この世におわすとも、おわさずとも、義経が、人として、す事を為さば、いずこかでご覧あろう。亡父ちち義朝も……」
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鳩は、かささぎの巣を借りて、いつのまにか鵲を追って巣を自分の物にしてしまう。亡父ちちの遺志を思い出して、袁兄弟も、後には鳩に化けないこともない。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「知らないでどうしましょう。あなた様は、わたくしの亡父ちちにはお舅御しゅうとごに当られるお方でしょう。異母兄あに頼朝の母御には、父にあたるお人でしょう」
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
亡父ちち過失あやまち。わしも、深くは知りとうないし、きょうまで、姉妹きょうだいの気持にけじめは持たなかったが、異母胎はらちがいじゃという事は、さる人から、聞いていた。
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
武田勝頼かつよりは三十の春を迎えていた。亡父ちちの信玄よりは遥かに上背丈うわぜいもあり、骨ぐみもたくましかった。美丈夫と呼ばれるにふさわしい風貌の持主であった。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そう無造作にいってくれるな——おれのてつをふんで、ふたたび亡父ちちの名を汚すようでは、今つぶした方がいい」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「かかる破格な御供養をたまわり亡父ちちには死花しにばなが咲いたようなもの。さだめし地下でよろこんでおりましょう」
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さっきから上機嫌な甘寧の容子ようすは、たれの眼にも武功自慢に見えた。——のみならず凌統は、彼と眸を見あわせたとたんに、亡父ちちのことを思い出していた。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
去年の星祭りには、七夕の歌を書いて、あの切支丹きりしたん屋敷のなかの住居すまいに立てた。亡父ちちの二官は、日本のああいう風俗や行事を、欠かすことなく真似ていた。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
よいか、幾年でも、辛抱して、れの亡父ちち良持へ、わしらが顔向けのなるように、一かどの男になって帰れよ
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
亡父ちちの知己は、多くは故人になり、従兄の、姪のという者も、小次郎には、みな覚えのない顔ばかりだった。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
咳声しわぶきのぬしは、兄正成とすぐ感じたが、なんとその咳声の、亡父ちち正遠にそっくりなことよ。——そこに兄妹の亡き父がいるのかと怪しまれもしたほどだった。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「これは、毛利冠者かんじゃ頼隆と申されて、あなた様の亡父ちち義朝公の伯父君にあたるお方の遺子わすれがたみでおせられる」
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「老公のおん為に、いのちをさし上げちまうのだ。亡父ちち卜幽ぼくゆうがいただいたご恩返しは、それしかない」
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼らの亡父ちち、森三左衛門可成よしなりの忠節が、深く信長の胸に銘記めいきされていたことも間違いないにせよ、信長が蘭丸に傾けている信用と寵愛は、また格別なものがある。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それなら、なぜ死なぬかと仰っしゃいますか。早く亡父ちちの所へ来いとお呼びなさいますか。……ああ、私にはそれも出来ません……。お蝶は死ぬのも嫌なんです。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「さてさて、左様でござりましたか。思わぬ所で、亡父ちちの御友人達にこうしてお目にかかろうとは」
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
亡父ちちの野辺の送りも見ず、七々の忌日きにちも営んでいないのだ。陣中には、位牌いはいを持って歩いていた。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
亡父ちち亡妹いもうと、孤独になって生きている自分。たれ一人を考えても、その怨みのふかさは、討って足りないかたきである。一寸試しではまだ足りない。生かしておくに限るのだ。
八寒道中 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「にもかかわらず、かくの如くに、亡父ちちの遺物の書斎に、なすこともなくくすぶっておるので」
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この無愛想者の将来はまだわかるよしもないが、この男の亡父ちち人見卜幽ひとみぼくゆうはとにかく偉かった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いや、観相というものは、あたりますよ。わたくしの母などは、よく申します。亡父ちちの三左衛門も、討死する以前、或る人相観にんそうみに、それとなく予言をうけていたそうでした。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
峰つづきの寺へ、信長の忌日と、亡父ちち光秀の命日には、必ず参詣を欠かさなかったが、被衣かつぎをかぶって出ても、かごに潜んで行っても、山家やまがにない美しさに、すぐ気づかれて
「わたくしは、官爵に望みはありません。ただいつまでも亡父ちちの墳墓のあるこの国にいたい」
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この子の亡父ちちが遺物として、肌身に持たせておいた巾着にも、少しの砂金ばかりでなく、何か由緒ある物ではなかろうか——それを食物のあたいに、巾着ぐるみ預けて来たのは
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「このたびの大合戦に、さしもの明智軍をも一日に撃ちくじき、亡父ちち信長のうらみを散じ得たのは、まったく御辺たちの忠節と奮戦によるものであった。信孝、忘れはかぬぞ」
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「胸が、濶然かつぜんと、開けたここちがします。十兵衛どの。亡父ちちの霊へよい手向たむけをしました」
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
亡父ちちの領地をりかえさねば」と、弓矢をいで、冀州の曹操を遠くうかがっていた。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は毎夜よく大睡たいすいした。眠りつけない夜などは知らなかった。母の夢も見なかった。亡父ちちの夢も見なかった。眠ったが最後、天地も彼もけじめのない、一個の生態でしかなかった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そう云って一学は、亡父ちちが隠居部屋にしていた裏の一室へ、丈八と共にかくれた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
亡父ちち信秀の志を、子として、いまその一つでも成し遂げたような心地もしたろう。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
元就もとなりのむすめです。亡父ちちの遺訓には、利を求めて名を捨てよとはございません。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あらふしぎ。これぞ亡父ちちの引き合わせであろう」と、外へ躍り出るや否
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
亡父ちちの織田備後守信秀が、彼を、彼が生れた古渡城ふるわたりじょうから移して、那古屋の城におらしめた時から、守役もりやくとして、側につけておいた四名のうちの一人、わけても忠誠な老臣のいうところなのである。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と聞くと、この法典ヶ原から一里余り先の寺で、いつも彼の亡父ちち
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その三年に、粗暴で、うつけで、何の能も才もない若大将が、どうして、小国とはいえ、亡父ちちの遺産の領土を失わずに、しかも半ば、薄気味わるく思われながら、国土を持っていることができよう。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)