一人息子ひとりむすこ)” の例文
私の故郷の町にいた竹という乞食こじきは、実家が相当な暮しをしている農家の一人息子ひとりむすこでありながら、家を飛び出して乞食をしている。
秋と漫歩 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
挨拶あいさつしてまだ何かいいたそうであった。両親を失ってからこの叔母夫婦と、六歳になる白痴の一人息子ひとりむすことが移って来て同居する事になったのだ。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その青年の名は、小川新太郎といって、日本海に面した或る港町の、宿屋の一人息子ひとりむすこだという事を、私は知っていた。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
むかしともといふうちにもこれはわすられぬ由縁ゆかりのあるひと小川町をがはまち高坂かうさかとて小奇麗こぎれい烟草屋たばこや一人息子ひとりむすこいま此樣このやういろくろられぬをとこになつてはれども
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
かつみさんといって、あの甥の達者たっしゃな時分には親しくした人だ。あの甥は土屋つちやという家にとついだ私の実の姉の一人息子ひとりむすこにあたっていて、年も私とは三つしか違わなかった。
分配 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
零落れいらくした女親をんなおやがこの世の楽しみとふのはまつた一人息子ひとりむすこ長吉ちやうきち出世しゆつせを見やうとふ事ばかりで、商人はいつ失敗するかわからないとふ経験から、おとよは三度のめしを二度にしても
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
一人息子ひとりむすこを失った母親は一時はほとんどきがいもないようにまで思ったが、しかしそう悔んで嘆いてばかりもいられなかった。かれらは老いてもなおひとり働いて食わなければならなかった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
伝吉は信州しんしゅう水内郡みのちごおり笹山ささやま村の百姓の一人息子ひとりむすこである。伝吉の父は伝三と云い、「酒を好み、博奕ばくちを好み、喧嘩けんか口論を好」んだと云うから、まず一村いっそんの人々にはならずもの扱いをされていたらしい。
伝吉の敵打ち (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
安之助やすのすけ叔父をぢ一人息子ひとりむすこで、此夏このなつ大學だいがくばかり青年せいねんである。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
一通の手紙は木曾きそから江戸を回って来たものだ。馬籠まごめの方にいる伏見屋金兵衛ふしみやきんべえからのめずらしい消息だ。最愛の一人息子ひとりむすこ鶴松つるまつの死がその中に報じてある。鶴松も弱かった子だ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
とよは花見どころのさわぎではない。もうどうしていゝのか分らない。望みをかけた一人息子ひとりむすこ長吉ちやうきちは試験に落第してしまつたばかりか、もう学校へはきたくない、学問はいやだとひ出した。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
一人息子ひとりむすこのために、悪魔を払いたまえ! と心に念じながら……。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
これが所夫をつとあふがれぬべくさだまりたるは天下てんか果報くわはう一人ひとりじめ前生ぜんしやう功徳くどくいかばかみたるにかとにもひとにもうらやまるゝはさしなみの隣町となりまち同商中どうしやうちゆう老舖しにせられし松澤儀右衞門まつざはぎゑもん一人息子ひとりむすこ芳之助よしのすけばるゝ優男やさをとこ
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)