“しよこう”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
諸矦57.1%
諸侯14.3%
初更14.3%
曙紅14.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
是(ここ)に於(おい)て闔廬(かふろ)、孫子(そんし)の能(よ)く兵(へい)を用(もち)ふるを知(し)り、卒(つひ)に以(もつ)て將(しやう)と爲(な)す。西(にし)は彊楚(きやうそ)を破(やぶ)つて(一三)郢(えい)に入(い)り、北(きた)は齊(せい)・晉(しん)を威(おど)し、名(な)を諸矦(しよこう)に顯(あら)はす。孫子(そんし)與(あづか)つて力(ちから)有(あ)り。
致しける其七日の滿(まん)ずる日の暮方(くれがた)山の上よりして颯(さつ)と吹下(ふきおろ)す風に飄然と眼の前に吹落(ふきおと)す一枚の牌(ふだ)あり手に取て見るに立春(りつしゆん)大吉(だいきち)護摩祈祷(ごまきたう)守護(しゆご)可睡齋(かすゐさい)と記したれば三五郎は心に思ふやう彼の可睡齋(かすゐさい)と云ば東照宮(とうせうぐう)より御由緒(ゆゐしよ)ある寺にして當國の諸侯(しよこう)も御歸依寺也因ては可睡齋へ參り委曲(くはしき)事を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
かんじける誠(まことに)正直(しやうぢき)理非(りひ)全(まつた)ふして糸筋(いとすぢ)の別れたるが如くなりしとかや其後正徳(しやうとく)六年四月晦日(みそか)將軍家繼公(しやうぐんいへつぐこう)御多界(ごたかい)まし/\則(すなはち)有章院殿と號し奉る御繼子(けいし)無(なく)是によつて御三家より御養子(ごやうし)なり東照宮(とうせうぐう)に御血脉(けつみやく)近(ちか)きによつて御三家の内にても尾州公(びしうこう)紀州公(きしうこう)御兩家御帶座(ごたいざ)にて則ち紀州公上座(じやうざ)に直(なほ)り給ふ此君仁義(じんぎ)兼徳(けんとく)にまし/\吉宗公(よしむねこう)と申將軍(しやうぐん)となり給ふ其後(そのご)諸侯(しよこう)の心を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
致すべしと申付られける公用人等(こうようにんら)は早速(さつそく)古駕籠(ふるかご)一挺(ちやう)古看板(ふるかんばん)三ツ并びに帶(おび)三筋女の掛無垢等(かけむくとう)を用意なし日の暮(くるゝ)をぞ相待(あひまち)ける扨夜も初更(しよこう)の頃に成(なり)しかば越前守は掛無垢(かけむく)を頭(かしら)より冠(かぶ)りて彼古駕籠に身を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
僕一人(ひとり)先(ま)づ目覚めて船甲板(ボウトデツキ)を徘徊して居ると、水平線上の曙紅(しよこう)は乾いた朱色(しゆしよく)を染め、他(た)の三方(ぱう)には薄墨(うすずみ)色を重ねた幾層の横雲(よこぐも)の上に早くも橙色(オランジユいろ)や白金色(プラチナいろ)の雲の峰が肩を張り
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛、与謝野晶子(著)