靉靆あいたい)” の例文
ときに、真先まつさきに、一朶いちださくら靉靆あいたいとして、かすみなか朦朧もうろうたるひかりはなつて、山懐やまふところなびくのが、翌方あけがた明星みやうじやうるやう、巌陰いはかげさつうつつた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
空襲の頻々たるころ、この老桜がわずかわざわいを免れて、年々香雲靉靆あいたいとして戦争中人を慰めていたことを思えば、また無量の感に打れざるを得ない。
葛飾土産 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ために、祁山きざんの草は幾十日も兵に踏まるることなく、雪は解けて、山野は靉靆あいたいたる春霞をほの紅く染めて来た。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
早くこの若者を靉靆あいたいとした気持にさせてやりたい薄霧のような熱情が、かの女の身内からきあがった。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
八千メートル……八千五百……九千……九千八百メートル……ようやくのことで主砲射程外に逃れ得てっとしたが、その時暮色靉靆あいたいたる左舷西方遥か水平線の彼方に
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
恋する以上は霞の靉靆あいたいとしているような、梵鐘の鳴っているような、桜の爛漫としているような、丹椿の沈み匂うているような、もしくは火山や深淵の側に立っているような
女性の諸問題 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
靉靆あいたいたる暮色が、山伏、大洞、足柄の峰つづきに押しもって、さざなみ雲のうえに、こぶのように肩を出している宝永山の一面にだけ、相模潟の入り陽が、かっと照り映えていた。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
今神仙の噫気あいきを秘蔵するか、かゝる明夜に、靉靆あいたいとして立ち昇る白気こそあれ、何物たるかを端知せむと欲して、袖庇しうひに耐風マッチをさつするも、全く用を成さず、試に拳石を転ずるに
霧の不二、月の不二 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
居ながらにして幽邃閑寂ゆうすいかんじゃくなる山峡さんきょう風趣ふうしゅしのび、渓流けいりゅうひびき潺湲せんかんたるも尾の上のさくら靉靆あいたいたるもことごとく心眼心耳に浮び来り、花もかすみもその声のうちに備わりて身は紅塵万丈こうじんばんじょうの都門にあるを忘るべし
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
靉靆あいたいたる怪雲くわいうん漸次に消散し風雨しばらくにしてみぬ。
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
春眠や靉靆あいたいとして白きもの
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
けれどこの一城市に靉靆あいたいとたなびいている瑞気ずいきというようなものを、石川数正は見のがせなかった。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「秋の雲、靉靆あいたいと、あのとびたちまち孔雀くじゃくとなって、その翼に召したりとも思うお姿、さながら夢枕にお立ちあるように思出しましたは、貴女あなた令嬢様おあねえさま、貴女の事じゃ。」
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
多く言うを要しない知己ちきこころよさが、胸から胸へと靉靆あいたいとしてただよう。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
しゃくに触る現在の境遇をしばし忘れて、靉靆あいたいとした気持になれた。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
たてに、ななめに、上に、下に、散り、飛び、あおち、舞い、漂い、乱るる、雪の中に不忍の池なる天女の楼台は、絳碧こうへきの幻を、うつばりの虹にちりばめ、桜柳の面影は、靉靆あいたいたる瓔珞ようらく白妙しろたえの中空に吹靡ふきなびく。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「もうだいぶ酩酊めいていぎみだよ。日も靉靆あいたいと暮れかかるし、心気しんき朦朧もうろうだ」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
主人側の男たちは靉靆あいたいとして笑った。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)