見立みたて)” の例文
だツて紳士程しんしほど金満家きんまんかにもせよ、じつ弁天べんてん男子だんし見立みたてたいのさ。とつてると背後うしろふすまけて。浅「ぼく弁天べんてんです、ぼく弁天べんてんさ。 ...
七福神詣 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
そしてこんな不意な儲けをするのも、自分の女房かない見立みたてが善かつたからだと思つて、満足さうにけぶりをぱつと鼻の穴から吹き出した。
これは見立みたての句であろうと思う。枯蘆のほとりにいる鷺の白いのを、のこンの雪に擬したので、実際枯蘆に雪が残っているわけではない。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
さて我山中に入り場所ばしよよきを見立みたて、木のえだ藤蔓ふぢつるを以てかり小屋こやを作りこれを居所ゐどころとなし、おの/\犬をひき四方にわかれて熊をうかゞふ。
『お見立みたて』と言つて、別離わかれの酒を斯の江畔かうはんの休茶屋で酌交くみかはすのは、送る人も、送られる人も、共に/\長く忘れまいと思つたことであつたらう。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
中にも良三の父は神田松枝町まつえだちょうに開業して、市人に頓才とんさいのある、見立みたての上手な医者と称せられ、その肥胖ひはんのために瞽者こしゃ看錯みあやまらるるおもてをばひろられて、家は富み栄えていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
見立みたて奉公ほうこう差遣さしつかはし可申いづれ出府の上御相談に及ぶべく候委細は筆紙ひつしつくし難く早々さう/\以上
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
と、孝子が、ヒラヒラと見せびらかした一枚には「明治文学界八犬士」の見立みたてがある。滝沢馬琴ばきんの有名な作、八犬伝の八犬士の気質風貌ふうぼうを、明治文壇第一期の人々に見立てたのだ。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ふところに収めたる当世風の花簪はなかんざし、一世一代の見立みたてにて、安物ながらも江戸の土産みやげと、汗を拭きふき銀座の店にてひたるものを取出して、昔日むかし少娘こむすめのその時五六歳なりしものゝ名を呼べば
三日幻境 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
貸さる我が羽織の上へ重ねても大きければ向ふ山風に吹き孕みてあたかも母衣ほろの如しあとの馬の露伴梅花の兩子いろ/\に見立みたてあざみ笑ふこゝは信濃の山中やまなかなり見惡みにくしとてさぶさにかへられんや左云ふ君等の顏の色を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
それは手合せがなかっただけに面白い見立みたてにはなる。
見立みたての句である。「はるもやゝ」は芭蕉の「春もやゝけしきとゝのふ月と梅」などと同じく、「漸々」の意であろうと思う。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
斯う内儀かみさんは話した後で、長く居る療養の客の中には松林の間に眺めの借屋しやくや見立みたてて、海に近く住んで見る人なぞもあるが、いづれもしまひには寂しがつて
灯火 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
甲「流石さすがは渡邊うじ見立みたてだ、あれは拾俵では安い、百石がものはあるよ」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
この二人が文壇の見立みたてを探しだして、面白がって、くらべっこをした。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
見立みたての句ではあるが、別に厭味に陥っていないのは、「達磨に著るや」といってのけたためであろう。他人の姿を見た句でなしに、自己の姿を客観したもののような気がする。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)